岐路

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父親が好きになった女性(ひと)を好きになる。それが壱月に与えられた義務。だから、若妻の存在をからかってくる同級生は笑って躱してきたし、キャバクラなんて職業は知らないふりをしたし(これは大変無理があった)、苦手な家事は手伝うように努力をした。コロッケだって、「おいしいよ」と言って食べなければいけなかったとわかっている。  だからこそ思う。愛することを義務づけられた家族は、本当の家族と呼べるのだろうか?  夢中になって歩くうちに、住宅街を抜けて湖の畔まで来ていた。周囲約二十㎞の湖の西岸には、竜宮山(りゅうぐうやま)と呼ばれる標高五十mほどの小高い山がある。竜宮山の頂上には、かつてこの地を治めた城主の城があったらしい。それが今では石垣一つ残っていない。  史学科の教授であり、最近では城歩きのエキスパートとしてメディアに引っ張りだこの父親いわく、歴史的価値のある城跡らしいが、かつての城主の石像と石碑しか残らない城址公園の何に価値があるのか、壱月にはさっぱりわからない。せいぜい、花見のシーズンに地元の花見客で賑わう程度の、物寂しい場所だ。  郷土史には興味関心がなくても、壱月はこの城址公園によく通っていた。理由は一つ。人気がないから。それも、夜に片足を突っ込んだような時刻ならなおさらだ。  湖にかかる赤い太鼓橋を渡り、整備された山道に足を踏み入れる。周囲に桜の木が巡らされた頂上は、石畳で綺麗に整備されている。等間隔で配置されたベンチがいくつかに、かつての城主だという石像が一つ。市民の憩いの場と銘打つには、あまりにも愛想のないレイアウト。唯一の取り柄は眺望だろうか。柵が巡らされた向こうには、あかがね色の光を溜めた湖が悠々と広がっている。
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