岐路

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 物思いに沈めば沈むほど、猫背になっていく。気がつけば、視界には履き古したスニーカーしか映っていなかった。満足に息を吹き込めず、ただ地面に叩きつけられるしかない音色は、鳥が縊り殺される時に出す悲鳴のようだ。  いつだってそう。壱月は、肝心な時に肝心な言葉が出てこない。誰も傷つけたくなくて――いや、本当は自分が一番傷つきたくなくて、溜めこんだ言葉が破裂寸前の風船のようになっていると気づいた時には、身動きがとれなくなっている。 「何してんの」  唐突に響いた声に、びくりと肩が跳ねた。  いつの間にか、目の前には制服姿の少女が佇んでいる。驚く壱月を、軽蔑の眼差しで見返していた。 「椿」  ある日突然妹になった少女は、眉間に太い皺を刻んだ。名前を呼び捨てにされたことが気に入らないのだろう。中学三年生の椿は、壱月と二つしか歳が変わらない。「椿さん」と呼ぶには他人行儀だし、「椿ちゃん」と呼ぶには成熟しすぎている。考えあぐねた壱月は本人に希望を問うと、間髪入れずに「椿様」と返ってきた。以来、どんなに嫌な顔をされても、呼び捨てを意地で通している。
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