岐路

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 有体に言えば、同族嫌悪だ。椿の言う「私達」に壱月や父親は含まれていない。椿だって同じだ。自分や父親のことを家族だと認めていない。そんな椿から責められる謂れはないと思うのだが、それを指摘するとよけいな諍いを生みそうで面倒だった。泣かれでもしたら困る。年下の女の子を泣かせる趣味はない。 「思ってないよ。もう陽が暮れる。帰ろう」 「嘘をつかないでって言ってるじゃん! あんな家、帰りたくなんかないわよ! 他人同士が、嘘っぽい笑顔を貼りつけて家族ごっこをしているだけじゃない!」  凍えた手で心臓を鷲掴みにされた気分になった。家族ごっこ。まさにその通り。だけど、今さらどう修正できるっていうんだ?  感情的になった椿が腕を突っ張る。ドン、と胸を押されて、後ろへよろけた。背中に固い感触。石像の台座にぶつかったらしい。地味に痛い。  反射的に石像を見上げると、ナポレオンの自画像よろしく馬に跨った城主と目が合った。 (……目が合った? そんな馬鹿な)  驚愕に目を見開く壱月を見下ろして、石像がにやりと笑う。……おいおい、嘘だろ。ネガティブ思考に陥りすぎて、とうとう幻が見えるようになったのだろうか。 「無視してんなよ! 言いたいことがあるならはっきりと――」  中途半端なところで椿が言葉を切ったのは、突如として響いた銃声のせいだ。  あまりにも非現実的な、それでいて生々しいくらいに腹の底に響く重低音。気がつけば、咄嗟に声を上げていた。
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