岐路

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「椿! 伏せろ!」  伸ばした手で小さな頭を掴み、無理やり地面に伏せさせる。突如として響いた銃声に、椿も驚いているのだろう。硬直した頭を片腕に抱える。 (どうなってんだ。ここは日本だぞ?)  しかも、眺望だけが取り柄の閑散とした城址公園だ。本当にあれは銃声だったのだろうか。誰かのいたずらではなく?  事の真偽を確かめるためには、背後を振り向かなければいけない。おそるおそる振り返った先は、完全な闇に閉ざされていた。陽が暮れたらしい。それにしても、周囲に配置された電灯に一つも明かりが灯っていないのはおかしい。 「小僧、大事(だいじ)はないか?」  突如響いた声に、「ひっ!?」と変な声が出た。片腕に抱えた椿がびくりと震え、ついで何か文句を言った気がする。だが、現状椿に取り合っている余裕はない。城址公園に、壱月と椿以外の人間がいなかったのは確認済みだ。だとしたら、目の前に佇む影は銃撃犯? 「そなたの“伏せろ”という声に助けられた。礼を言う。だが、今は一刻も早くこの場を離れた方がよい。ついて参れ」  老獪な男の声だった。古風な喋り方のせいでそう聞こえるだけかもしれない。いずれにしろ、こうも辺りが暗いと姿かたちがはっきりとしない。  ふいに伸びたあたたかな掌は、壱月の腕をとって引っ張り上げた。ごつごつと頑丈な、大人の男の手だ。遅れてやってきた安堵に思わず膝を突きかけたけれど、なけなしの矜持が身体を支えてくれた。男は壱月を引っ張り上げて、そこで初めて椿の存在に気づいたらしい。
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