岐路

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 やがて、煌々と照らされた門前で足を止めたジイさんは、ようやく壱月の手を放した。眩しいのは松明が焚かれているからだ。人工的な明かりは一つもない。「牛久様」と駆け寄る門番は、袖の短い着物と、ハーフパンツのような袴を着衣し、手には薙刀を持っている。  松明の明かりを弾く薙刀の切っ先に、ぞっと背筋が凍る。まさか、本物なはずないよな? 「大事ない。この小僧のおかげで助かった。褒美をとらせよう。だが、今夜はもう遅い。(やかた)の者に家まで送らせるように手配してくれ。お前達は城下の子か?」  ようやく全容を確認できたジイさんの服装もおかしい。薄鼠色の小袖に、深草色の袴、それから同色の肩掛けのようなものをつけている。変なのは髪型も同様だ。リアルな丁髷(ちょんまげ)なんて初めて見た。  物珍しさからじろじろと見る壱月の服装を、ジイさんもまたじろじろと観察していた。「見慣れぬ服装じゃの」と、ほんのりと固い声で呟く。 「そなた、城下の子ではないのか?」 「え……っと、俺達はジョウカさんの子どもじゃないです。あの、市立図書館があるのはどっちの方向ですか? そこまで行けば、自宅までの道もわかるはずなので」 「シリツトショ……? 耳慣れぬ地名じゃな。よもや、そなたらは他国から参ったのか? その歳で駆け落ちでもしたか?」 「他国って……俺達はあなたと同じ、日本人ですよ。駆け落ちなんて、時代錯誤の冗談を言うのはやめてください。俺達、兄妹ですから」  心の奥底では椿のことを他人だと思っているのに、「兄妹」という台詞は思いの外すらすらと口を突いた。深く考えることができないほど、混乱していた。噛み合わない会話をしているのはジイさんのはずなのに、壱月が喋れば喋るほど、ジイさんの表情は硬くなる。なんでだよ。おかしいのは、大昔に失われた風貌をしているあんた達じゃないか。
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