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受話器の向こう
これが、私の聴いた恋話です。
きっと彼女は笑顔でこの日、卒業していったんだと、思います。
結婚するって、素敵なことですよね。好きな人と、ずっと一緒だって神様に誓うんです。神様の前で、自分はこの人を愛しています。死ぬまで、愛し続けますって、誓うんです。
素敵ですよね。
この彼女と先輩は、きっとお互いのことが好きで、だからずっと一緒にいたいと思ったんでしょう。
私も、そんな人と出逢いたいな。
ごめんなさい。
私、その後の二人のこと、知ってるんです。
彼女が最後だって言った通話の後、私、もう一回十円玉を入れちゃったんです。それで、ダイヤルしちゃった。
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続きなんてないってわかってました。
だって、彼女は卒業と同時に結婚する。
二人はちゃんと準備もしていたんです。指輪も、婚姻届も、プロポーズの言葉だって。
だから、これから二人は幸せな人生を送る。
二人の恋話はこれで終わりで、これからは愛話が始まるんだって。わかってたんです。
そう思ってたんです。
だから、ダイヤルした後、何やってるんだって思って、受話器を、置こうとしたんです。
でも、聞こえてきた続きは聞いちゃいけない話だった。
聞こえてきた音は
「車の急ブレーキの音」
「男女の悲鳴」
「ガラスが割れる音」
「男性の痛みに呻く声」
そして
「愛しています」
男女の愛を誓う言葉。
彼女たちは、婚姻届を出しに行く途中で事故に遭ったんです。そして、多分そのまま亡くなってしまった。
それを聴いた瞬間、受話器が私の手から滑り落ちました。コードを辿って下を見たら、そこには一枚の紙が電話の下に挟まっていたんです。
それは、血がべったりとついた婚姻届でした。名前も、判子も、全部埋まっていました。
彼女たちが、最期に提出できなかった、婚姻届です。
最高の日になるはずだった。それなのに、最期の日になってしまった。
私は二人が可哀想でした。
だから、その血塗れの婚姻届を役所に持って行ったんです。
担当の人は驚いていました。それでも、届けたかったんです。信じてもらえなくてもいい。でも、彼女が嬉しそうに話した恋の話をちゃんと終わらせてあげたかったんです。
二人が望んだ、結婚っていう形をちゃんと誰かに認めてもらいたかったんです。
幸い、担当の人も例の公衆電話の話を知っている地元の人でした。だから、例外としてその婚姻届は受理されました。
彼女と先輩は結婚できたんです。
私は、今でもその日になるとその公衆電話の所に花束を捧げます。真っ赤に染まった婚姻届が置かれていた場所に、そっと花束を置きます。
それは可哀想な亡くなった人への花束じゃなくて、結婚おめでとうという意味を込めて祝福の花束です。
その花束は、いつもいつの間にか消えているそうです。
これで、彼女の恋話は終わりです。
二人は、今でも同じ場所に眠っている。
私は、そう信じています。
結婚するということがずっと一緒だということなら、彼女たちは死んだ後も結婚の約束を果たしている。
私は、そう思っています。
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