怪物のような優しさ

3/5
前へ
/204ページ
次へ
 ほどなくして、氷雨が昇降口から姿を表す。  手には財布を持っている。僕の予感は外れない。 「人殺しのセンパイこんちゃーっす!」  人聞きの悪い。  「こんにちは」と返しながら、僕は隣でプルプルと震える若を小突く。 「なにか用?」 「センパイ、こないだジュース蹴っ飛ばされてましたよね?」 「ん? ああ。そうだけど」  予想もしない切り口から始まった会話に、脳内が疑問符で埋め尽くされる。  混乱する僕を余所に、氷雨は財布から小銭を取り出した。 「はい、これで買えますよね。あの時のジュース」 「おい待て。なんだよこれ」  差し出されたのは百十円。  座ったまま見上げた氷雨の顔が、困惑をプリントする。 「えだってセンパイ、あの女子たちのせいでジュース無駄にしたじゃないッスか」 「あの後買い直しただろ」 「うーん。でもよく考えたらおかしいンスよね」  眉根を潜めた氷雨が、素早く僕の隣に座り込む。  逃げ出そうとする若のポロシャツを掴んで、続きを待つ。 「買い直すことになったのは蹴った牟田ちゃんのせいなのに、あの子一円も出してないンスよ。おかしくないですか?」  それは確かに、と思っても頷くことはない。  元はと言えば、僕が浅海を殺したから起こったことだ。  僕は険しい表情を作って言う。 「だとしても、君が金を出す必要がどこにある。完全な部外者じゃないか」 「だって困ってたっしょ?」  我慢ならない言い方だ。何よりも、「当たり前でしょ?」と一般常識みたいに聞いてくるのが腹立たしい。 「ふざけるな、一年なんかに施されて堪るかよ。ヒーローにでもなったつもりか?」  一方で、いつまでこんなことを続けるのだろう、とも思った。  気に入らないものに噛み付いて、傷付けあって。威嚇することでしか自分を守れない弱虫のままでいる。  いつまでも抜けきらない中学からの癖に、僕は辟易としていた。
/204ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加