怪物のような優しさ

4/5
前へ
/204ページ
次へ
 男子生徒たちが廊下を走り回り、小雨がコナラの葉を叩く音だけが過ぎていく時間。見るからに萎縮した氷雨が、立ち上がって頭を下げてくる。 「失礼な物言いでした、スイマセン……」  萎れたアジサイみたいだった。僕は舌を叩いて睨みつける。 「謝らないでくれ。嫌いなんだよ、それは」  正直、謝られるのは好きじゃない。  それは「許す」か「許さない」かの二択を強制させる言葉だ。 「消えてくれないか。僕は君に謝ってもらいたいんじゃない、君にされたことをとっとと忘れてしまいたいんだ」 「あ、あは。じゃあ、失礼します……」  ゆっくりと腰を上げて、氷雨が帰っていく。  去り際に、氷雨は無理して笑おうとしたのだろうか。どうでもいいことだ。  微かに痛んだ胸の表面諸共、二度と現れないでほしい。 「バカな奴」  浮いていた腰を隣に下ろして、若は言った。  僕はイチゴオレの残りを飲み干す。 「僕が?」 「どっちも。お前だって一昨日助けられてただろ」  無意識に吸い続けたストローの先で、紙パックがべこりと凹んだ。 「わかってるよ、そんなこと」  中身のないイチゴオレを握りしめる。  甘い飛沫が喉を叩く。  ごぽりと胸の底で沸き立った、酸素のような重い泡。その感情はきっと、罪悪感なんかじゃない。
/204ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加