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それからも氷雨は、他人の世話を焼き続けた。
彼女が気遣う人間には、全くおかしなことに僕も含まれている。中庭での出来事なんてまるでなかったかのように、扱いにくいはずの僕にも彼女は平等に接してきた。
「それでハンカチ借りたんか」
自習時間の教室で、前に座った若が振り返らずに言う。
僕は数学のワークを一問だけ解いて応える。
「押し付けられたんだよ。トイレ出た時、バッタリ会って」
「服で拭くからそうなんじゃねぇかよ」
「君みたいに好きな子からもらったハンカチを、ずっと大事に持ち続けられるほど純粋じゃないんでね」
丁度いい機会だったから、僕は氷雨を観察した。
結果として、彼女の中にも一応の線引きが存在することがわかった。
例えばそれが相手の為にならないと彼女が判断すればやんわりと断るし、別の誰かを傷付けるようなこともしない。身も蓋もない言い方をすると、援交やイジメ。友達を男子に紹介することも、氷雨は絶対にしない。
一通りの結論を出したところで、若が感心したように言った。
「案外筋道通ってんな」
「バカで融通が利かないんだよ」
たぶん氷雨は、優しくすること自体が目的になっているのだと思った。
でなければ、暴言を吐くような男に優しくする道理なんてありはしない。
「どんだけ走り回ってんだろな、あの一年」
若が呟き、僕が「さあ」と答える。
彼女はいつも誰かを助けるために走り回っている。それこそ陰で「便利屋」と呼ばれるほどに。
「あれがどうして、誰かを自殺させるようなことになったんだろ」
遠くの方で唸り始めた雷が、雨雲を運んでくる。
一雨降りそうだとぼやくような声で、ポツリと疑問を浮かべてみた。
答えなんて出るはずもない。
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