僕らが夢見た理想郷と、その顛末について

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 人生四回目の葬儀を蹴り出されたのは、焼香を終えた直後の事だった。  夏を待つ空は暗い。  鈍色に沈んだ雲が近くの山に引っ掛かって、慰めるような小雨を僕に注ぐ。  蹴り出された手前、傘は持っていない。  喪服に染みた雨が、のっぺりとした黒を斑に染めていく。 《浅海(あさみ)家葬儀式場。この先二〇〇m》  矢印を真逆に歩きながら、重い足を家に向ける。バスには乗らなかった。  安い仏花くらいなら、浮いたバス代で墓に供えてやることも出来るかもしれない。  薄情な考えを引きずりながら歩いていると、女子の声が二人分僕に近付いてくる。 「ねえ『愛結晶』って知ってる?」 「え、忘れた知らない。なんだっけ?」  チラと見た制服は僕と同じ高校のものだった。  怪談でも話すかのような二人の口ぶりに、僕の耳が反応する。 「なんか、愛が結晶化する病気なんだってー」 「都市伝説っしょ?」 「それがちゃんと病名もあるらしいよ」 「あーそれなんだっけ、昨日テレビで見たわ」  忙しない二人の会話を聞きながら、僕は暑苦しいブラックフォーマルのネクタイを緩める。  彼女たちの下らない都市伝説は愛結晶を議題にしながら、僕を追いかけてくる。 「その病気を持ってる人を好きになっちゃったら、体のどこかが結晶化して死んじゃうんだって」 「死ぬのはやだなー」 「可哀想だけど綺麗でドラマチックだよねー、悲劇的な愛!」 「死んだら無意味じゃね?」  噛み合わせの悪い会話を重ねながら、二人の女子生徒が僕を追い抜いて行く。  無責任な言い方だ。  愛結晶はそんな高尚なものじゃない。  結晶なんて死んで灰になるまで見えもしないし、結晶化するのは子宮や心臓などの主要臓器だ。そして死ぬ瞬間には、真っ黒な血を吐き散らして苦しみもがく。  本当に優しい人間なら、人間関係のすべてを恐れるようになるだろう。  けれど僕は薄情者だった。そうなることでしか生きられなかった。 「薄情者でよかったよ。最高の気分だ」  宛て名のない負け惜しみを供えて、スマホを取り出した。  暗いままの画面に一度だけ微笑んでみる。  なかなか上手く笑えている。僕は傷付いていない。全く平気だ。 『ただいま到着の電車は十八時十五分発、普通、小夜ヶ丘(さよがおか)行きです。停車駅は遠光台(えんみつだい)、山ノ鳥居(やまのとりい)──』  高架上の駅のホームから、鼻の詰まったようなアナウンスが聞こえてくる。  重い足を引きずって下宿先に向かう。僕が声をかけられたのは、その直後のことだった。
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