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想定通りの反応だった。
弱い笑みのままの氷雨が、自販機横のベンチにもたれかかる。
「今、どんな話になってんスか」
恐ろしいほどに感情の抜け落ちた声。
氷雨から初めて聞くような声音に、僕は選んだ言葉を手渡した。
「男子を殺したとか」
「あぁ、やっぱり」
雨に霞んだ遠くの山を見上げて、氷雨が呟く。
こっちのセリフだ、と思った。
結局氷雨は、悪意ある噂のせいで学校に居場所をなくしているんじゃないか。そんなのイジメと同じだ。
「気にするなよ、どうせただの噂だろ」
僕はこの時、真逆の可能性を全く考えていなかった。氷雨の噂は嘘であると思いこんでいた。
だから次に彼女の口から出てきた言葉に、僕はひどく動揺した。
「ホントのことっスよ」
氷雨は笑っていた。
ひどく空虚に、そして疲れたように。笑うと言うよりは、ただ吊り上げただけの口角を僕に向ける。
「氷雨が殺したって言うのか?」
「直接じゃないっスよー、流石に」
氷雨の声が掠れる。
本人の口から答えを得ても、僕はまだ質の悪いエイプリルフールを疑っていた。ひょっとすると僕は、もう誰も殺したくはないのかもしれない。
だって、そうじゃないか。
誰かのために無償の優しさを振り撒ける少女が、人を殺すなんて。そんなことが現実だと言うのなら、この世に死ぬべきでない人間なんていなくなる。
「本物の人殺しがこんな田舎の高校なんかにいるワケないっしょ?」
僕は頷けなかった。本物の人殺しはここにいる。
それでも答えるわけにはいかなかったから、ただ氷雨の言葉を待っていた。
濡れたアスファルトの匂いが鼻を突いて、湿っぽい風がほんの一瞬雨脚を強める。
風が収まる。
氷雨が口を開く。
「自殺させちゃったんですよ」
それは悲しいまでに完璧な、明るい笑顔で。
彼女の歪みから目を離せなくなった僕は、「ああやっぱり、こんなものが現実なんだ」と落胆して。
それから、内心の迷いを捨てた。
──氷雨茉宵を、殺してみよう。
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