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釣られて向けた僕の目が、毛先を跳ねさせたワインレッドの髪を捉える。
即座に「氷雨だ」と直感した。
周囲には四人の女子生徒。どれも見覚えがある。聞こえてきた声にも覚えがあった。
「お前さ、マジいらんことやってくれたよね」
「スマホまだ返ってこないんだけど、マジどーしてくれんの?」
彼女らは束になって氷雨を責め立てている。
なじり方までが記憶にある通り。昼休みに僕を取り囲んでいた顔ぶれだ。
ただその中に一人だけ他校の男子がいて、そいつが氷雨の背を塀に押し付けていた。
「いったたた……、あは、痛い痛い。やめてほしいなー」
「おーい隠すなよ顔。カメラ見なって」
「ほらピースピース、笑えよおい」
氷雨が助けを求めても、誰も気にしない。
苦しげな顔に複数のスマホが向けられた。囲む顔は、どれもだらしなく頬を弛緩させている。
即座に走り出した。
若がすぐ後ろに着いて来る。
「やるんか」
「うん」
「どっちだ」
「男」
短く言葉を交わす。
打ち合わせなんていらない。若とは長い付き合いだ。
一直線に走る。
ばたばたとアスファルトを叩く音。靴から伝わる振動と、地面の硬さ。感じる感覚の一つ一つを集めるように、右手を握り締める。
「せ、センパ……?」
色素の薄い瞳が僕を見る。
最初に気付いたのは、塀に押さえつけられた氷雨だった。次いで取り巻きの女子たち。
そして最後。男がこちらに気付いたのは、
「ナンっ──?」
僕が拳を振り下ろした瞬間だった。
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