愛で世界は救えない

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 鈍い衝撃。  肘から肩にかけて、痺れるような感覚。男を捉えた右拳に、けれど痛みはない。  男の頭が跳ねる。  スローモーションで沈んでいく体。男の手が離れた瞬間を突いて、氷雨を背にかばう。 「キャ──!?」  取り巻きの女が叫ぶ。  一瞬で引いていく血の気。何をしていたかなんてどうでもいい。  ただ自己中(じこちゅー)な奴が誰かを傷つけていた。その事実さえあれば、僕には十分だった。 「うぉっは、おぁ……」  地面に倒れた男が僕を見上げる。  茫然とした目が、徐々に敵愾心を孕んでいく。僕はその額を蹴飛ばした。  遅れて来た若が、男の胸倉を掴んで引き起こす。また殴る。鈍い音が響いて、鮮血が飛び散る。  口か鼻か。それすら分からなくなるほどに男の顔が血だらけになるには、一分とかからなかった。 「ちょ、ちょっと! なんでユウトばっかなの!? 死んじゃうじゃん!」  取り巻きの一人がヒステリックな声を上げた。気遣う割には随分距離を取っている。止める気なんて毛頭ないのだろう。  答えたのは若だった。 「お前ら、コイツがいなきゃ何も出来ねぇんだろ」  答えながら、僕らの手が止まることはない。  取り巻きの女の目が、怪物でも見たかのように見開かれる。  大方、昼休みの報復だろう。足がつかないように他校の生徒を使っていると言うことは、その「手」を徹底的に折ればその場は収まる。 「狂ってるって! そんなんおかしいって、マジないよ!」 「何言ってんだ、この場に狂ってない奴なんていないだろ。だったらこれも普通じゃねぇか、お気持ち表明ブス」  若と取り巻きの温度差は埋まらない。  一言多い若と、勢いだけで日本語が不自由な一年女子。話は通じないのだろうと思いながら、動いた鳩尾を踏みつける。 「意味分かんない、暴力(ぼーりょく)とかイジメじゃん!」  口を挟むつもりはなかった。  ただ「氷雨の次はコイツで良いかな」と思っていた。けれどそれとは別に、我慢は限界に来ていた。 「君らも囲んでたじゃん。この子痛がってたし、やってること何か違った?」 「でもそこまでやってないでしょ!」  ヒステリックな声が耳を突いた。僕はそれを鼻で嗤う。  暴行は止めない。若が殴って、僕が蹴って。最初は抵抗していた男子生徒も、五分もすれば涙を流して謝るようになっていた。 「スンマセン、スンマセン。勘弁してください、すんません……」 「謝る相手が違うな」  最後に頬を軽く蹴飛ばしてから、僕は女子たちに目を向けた。 「結果があるから罪なんじゃない。誰かを害そうする意思がある時点で罪なんだよ」 「はぁ!? ント訳分かんない、先生言うから!」  ずいぶんと懐かしい脅しを残して、やかましい足音が遠退いていく。  全員の背中が見えなくなってたから、完全に手足をとめた。 「氷雨だっけ。何かされた?」  氷雨を振り返る。  返事はない。その代わり、悲しげな瞳が僕を刺していた。
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