僕がヒーローになれない証明

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僕がヒーローになれない証明

 濡れた玉砂利は夕焼けに染まっている。  桶に汲んだ水も、柄杓に乗った水滴も。厄介者の雨を遠くへ追いやった夕焼けを、みんな憧れるように反射していた。 「お前なに話した?」  合唱を解いて、若が顔を上げる。  しゃがんだ僕らの前には、「久慈塚家代々之墓」と書かれた墓石があった。ここには、中学二年の時に自殺した友人が眠っている。 「別に」  と僕は言う。大したことは話していない。 「死んだら話せないだろ」 「つまらん奴」  吐き捨てた若の左肩に、モンシロチョウが飛んでいた。蝶は死んだ人の魂を運ぶと言う。迷信であってほしいな、と思った。 「でも、」  打ち消しを置く。細い目の端に若の目が流れてくる。それは睨んでいるようにも見えた。 「勝手に謝っといた。睦宮とのこと」 「あれはお前、仕方ねぇだろ。仇討ちなんだし」  若の顔が曇る。  慰めるような言葉に、僕は優しさを見ているような気分になる。けれど僕に限ってそれは慰めにはならなかった。 「だからだよ。死んだ人の名前を使ってするものなんて、仇討ちであれ卑怯だ」 「……めんどくせぇ生き方だな」 「間違いない」  沈黙が横たわる。若はもう何も言わなかった。  溜め息ともとれるような薄い息をこぼして、ゆっくり立ち上がる。僕らはそのまま墓地を後にした。  少しずつ夏に(ほど)けていく梅雨の蒸し暑さが、アスファルトを立ち上る。田舎の夏の、樹液くさい匂いが鼻を突いた。 「そう言えば」  次に僕が口を開いたのは、霊園の駐車場を出たところだった。 「若は何の話を?」  若が石ころを蹴飛ばす。それから口許だけでフッと笑って、 「バーカ。死人が口利くか」  と僕の背を叩いた。  僕も短く笑い返して、肘で若の脇を打つ。 「なんだ、若もつまらない」 「だから俺らはつるんでんだろ」 「間違いない」  それから夕焼けを追いかけて家に帰る。家には誰もいない。  折り合いの悪かった養父母とは、ずいぶん前に家を出てから連絡も取っていない。  まだ陽の落ちきらない夕焼けが、開けっぱなしのカーテンを突き抜けてワンルームを彩る。  一人で見る夢には、初めて自分の意思で殺した女が出てきた。
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