おやすみ、また

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「勉学に励んでいるのか?」 「……え?」  突拍子もない言葉に女は驚いて目を見開いて間抜けな顔をした。 「好きだ好きだ。そればかりで語彙が足りていないんじゃないか?もっと具体的に、おれが喜ぶくらいの事を言ってくれ」 「そんな、貴方の好きな所なんて沢山……」 「例えば?」  男はクスリと意地悪く笑うと「さぁ」と楽しげに言った。 「緑色の、綺麗な瞳がとても好き」 「他には」 「長いまつ毛。それと柔らかい髪、凄く羨ましいわ」 女は太い髪のくせっ毛を恨めしそうに見てからポツリ、呟いた。 「他」 「流行の服がいつも似合うスリムな体型。あと、低くすぎない優しい声」 「ほか」 「……すぐ皮肉を言うその口も好きよ」 「言ってくれるな」 「悪い口」  女は垂れた目を細めて明るい笑顔で言った。男は眩しいと言わんばかりに目を逸らし、女に見えないように笑った。  この500年、生きてきて言い寄る女は数え切れない程いた。恵まれた容姿に、経験がものを言う落ち着いた佇まい。 惹かれる女は山程いた。  男はその女達をその口で、皮肉ばかり言うその口で煙に巻いた。 愛を知らないようにたった一人、背筋を伸ばして歩いてきた。振り返れば、何も無い。 歩く道に茨もなければ険しい道もない。ただ、平らで何も無い道だ。 怪物は腫れ物のように扱われているが、物語の中のように不自由は無かった。街で買い物もすれば、屋敷に使用人だっている。 温かい食事など当たり前だった。  化け物が、これ以上何も望めると言うのだ。 入れ代わり立ち代わり、人が生まれ死んでいくのをこの街でずっと傍観する以外に何を望めばいいのだろうか。
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