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「そうなったら、そうなったでいいさ」
まるで他人事のように口にして、こっちを見上げてニコッと彼が微笑む。
屈託のない笑顔に心臓が反応して、ときめいてしまう。
笑顔が可愛いんだよな……。
にやけそうになる頬にぐっと力を入れ、秘書としての表情を作る。
「社長に就任してからもう1年が経つんですから、少しは自覚を持って下さい。先代の社長が草葉の陰で泣いています」
動揺を読まれないように、少し早口に言う。
「まるで、オフクロみたいな言い草だな」
”オフクロ”という言葉がグサっと胸に刺さる。
せめてお姉さんぐらいにして欲しいんですけれど。そんなに私、年上感ありますか? これでも社長より年下なのですが。
「まぁ、肝に銘じておくよ」
彼はいつだって、こんな調子。
軽くて、社長としての自覚が少し足りなくて……。
でも、仕事はできる。
彼が就任してから確実に会社は利益を伸ばした。
だから、重役たちも世襲制に反感を持ちながらも、彼を失脚させる事ができない。
「そうして下さい」
「まぁ、一人の相手に絞れれば、いいんだが、中々、そういう女性に会えなくてね」私の様子を伺うように黒い目がこちらを向く。男性にしてはまつ毛の長い目。くっきりとした二重で、やや上がり気味な目尻が一歩間違うと可愛いだけの甘い顔になる事を阻止して、彼の顔立ちを精悍なものにしている。
今朝もイケメンだと思う。その上、背も高くてモデルみたいなルックス。
女性にモテない訳がない。
「それでいろいろと物色なさっている訳ですか?」
彼の恋人はいったい何人いるのだろう。
噂に聞くだけで、両手の指の数以上はいるという。
「出会いは多い方がいいだろ。寄ってくるしな。来ないのは浅川ぐらいだ」
私の渡した報告書に視線を落としながら彼が笑い、何かを思いついたように、また私に視線を向ける。必要な資料が足りなかった?
「浅川、そろそろ俺とデートしたくならないか?」
メモを取る準備をしていたら、そんな事を言われて苦笑が浮かぶ。
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