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そんな晃一が唯一頭を悩ませているのは、実家から送られてくる段ボール箱だった。
晩秋には必ず蜜柑が届く。
乾燥うどんや、干しいもや、お袋が作った味噌などと一緒に、大量の蜜柑が届く。
実家にいたころは、こたつのなかで足をつつきあいながら家族とひたすら蜜柑を食べた。
ストーブの上にはヤカンが乗せられ、そこから発する水蒸気のせいで、窓は白く曇っていた。
兄がその曇ったガラスに指で絵を描く。
親父はテレビを観ながらせっせせっせと蜜柑を食べ、爺さんは入れ歯を浮かせながらうたた寝をし、ふいに起き上がると入れ歯のない口で蜜柑をしゃぶる。お袋はなにがそんなに忙しいんだか、せわしなく部屋を出入りして合間合間に蜜柑を食べる。
今年も実家から段ボールが届いた。
晃一はなんだか気分が落ち込んでしまった。
おれはもう、愛媛の田舎のだらだらした生活からは卒業したのだ。
今年からはくるみもいるんだし、この家にはこたつもなければ、蜜柑を入れるざるもないのだ。
こたつがどんなに気持ちよくても、そこで食べる蜜柑がどんなにみずみずしくて甘くても、もうそこには戻りたくないのだ。
アイランドキッチンの高いスツールの前に並ぶのは、ルッコラのサラダと柚子胡椒を効かせた和風パスタと、低温調理器で加熱した中まで柔らかいローストビーフなんだ。
晃一が段ボールの中身を前に苦悩しているあいだに、いつの間にかくるみが帰ってきていた。
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