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「冷凍睡眠の間って、夢を見るのかしら」
愛美は言った。
「さあ? 見ないんじゃないかな、睡眠って言っても仮死状態みたいなもんらしいし」
「見てればいいのにな。百年も眠ってるんだから」
沙奈恵が旅立つ前夜。寝付いた沙奈恵に寄り添うように、孝介と愛美は横になっていた。キングサイズのベッドは、親子三人が川の字になれる程の大きさだった。こんな風に過ごすのは久しぶりだ。
「思い出すわ。この子、小さい頃はすぐに寝付けないことが多かったのよ。怖がりなくせに怖い話とか好きで」
「そうだったな。そんな時、よくこうやって寄り添って寝たっけ」
「『沙奈恵はいい子だから、お星様が素敵な夢をくれるわ』って言ったら、安心して寝てくれたのよ」
愛美は眠る沙奈恵の髪を優しく撫でた。
「この子が行く場所が、どんなところかはわからない。でも、何があっても、ゆっくりと眠って素敵な夢を見ていて欲しいわ」
沙奈恵達を乗せた船が、港を出る。ゆるやかに離陸したAI制御の宇宙船は、速度を上げて空に向かって飛んで行った。
地球に残った人々は、皆でそれを見送っていた。これが移民船の最後の便だ。百年かけて自分達の子供や孫は宇宙を渡り、他の星に根付く。後に希望を残せたと感慨にふける者、永遠の別れに涙する者、大仕事を終えて一息つく者、様々だ。
「ねえ。わたしね、昨夜夢を見たの」
愛美は宇宙船の軌跡を目で追ったまま、横にいる孝介に話しかけた。
「……俺もだよ」
孝介は答えた。
――どことも知れぬ建物の中。窓から一人の少女が顔を出す。よく見知っている、しかし見たことのない顔。それは、今より少し成長した沙奈恵だ。
沙奈恵は一面の星空に向かって言う。
「パパ、ママ、おやすみなさい」
これが彼女の毎夜の習慣なのだと、一目でわかった。
彼女の見る先に、もう地球はない。だが、もう失われた地球の光は、きっと彼女にいい夢をもたらすのだろう。
愛美は、孝介は、そう思った。
あれは「お星様」が見せてくれた「いい夢」だったのかも知れない、と二人は思っていた。誰かの心の中にある「お星様」が。
合わないところは山程ある。だが、沙奈恵の幸せを願うことにおいては、誰よりも信用出来る者だと、二人は互いに感じていた。
二人はじっと宇宙船の行く先を見つめていた。その手はいつしか、しっかりとつながれていた。
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