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出発はその翌日だった。
見送りの人達が、様々な国の言葉で旅立って行く者達に声をかけている。
「元気で!」
「身体に気をつけて!」
「頑張ってね!」
「私達はいつでもあなたを見守っているからね」
そのうち、孝介と愛美の番が来た。
目の前を運ばれて行くのは、半透明のカプセルだ。その中に、固く目を閉じた沙奈恵が眠っていた。それはまるで、ガラスの棺に眠る童話の白雪姫を思わせた。
「……おやすみ」
孝介の横で愛美が呟いた。
「おやすみなさい、沙奈恵。百年の旅の間、きっとお星様がいい夢をくれるわ」
彼らの遥か頭上には、昼間でもうっすらとわかる星がある。それは、もうじき地球に激突する予定の超巨大隕石だった。
小惑星レベルの巨大隕石が地球に激突すると発表されたのは、五年前のことだった。世界各国の複数の天文学者がどう計算してみても、結果は同じだった。この隕石はまともに地球に激突し、その結果恐竜絶滅時以上の壊滅的な被害をもたらす。それどころか、地球自体が破壊されてしまう可能性が高い。
当然ながら、世界中がパニックに陥った。あちこちで暴動が起き略奪が起きた。宗教にすがったりアルコールや薬物に逃げる者も多かった。
だが、人類の全てが刹那的な衝動にかられていたわけではない。多くの者は目の前の滅亡を見ないようにして普通に暮らしていたし、一部の者はその中でも前向きな手を打とうと努力していた。その努力の結果の一つがこの『旅行』だった。
宇宙空間に存在する粒子を取り込みつつ進む亜光速エンジンも、人間を冷凍睡眠させる技術も既に確立されていたが、本格的に活用されるのはまだ先の話だと思われていた。各国の科学者・技術者は連携して恐ろしいまでのスピードでそれを形にして行った。
太陽系外への移民船団。目的地は、百光年程離れた場所に発見された、地球と似たような気候の惑星だ。もっと近場にも地球型の惑星はいくつか存在したが、事前にテラフォーミングする必要があった上、一部の金持ちや権力者が自家製の宇宙船で近場の星々へ行って占有しているという報道がされていた。誰の手もつけられていない場所が好ましかった。
無論、地球にいる全ての人間が行けるわけではない。星間移民に選ばれたのは、世界中の応募者からAIによって忖度なく抽選された者達だった。ほとんどは三十代以下の若者達で、中には子供も含まれていた。命の選別だという批判もあったが、全員が助かる手段はないならば、未来ある若い者を優先させる方がいいという判断だった。
ダメ元で応募した移民の抽選に、見事当選したのが沙奈恵だったのだ。
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