23人が本棚に入れています
本棚に追加
七夕当日【ディナー後】
「今日は楽しかった」
「そうね」
天の川の真ん中まで来た織姫と彦星は、どちらからともなく向かい合わせになった。見つめ合い、同時に発声する。
「あのさ」
「あのね」
「ごめん、先いいよ」
彦星は「俺のこと好きだよな?」と確かめるために。
「ううん。彦星くんからどうぞ」
織姫は「私と別れてほしいの」と切り出すために。
「俺……」
彦星は織姫のまっすぐな目が怖くなった。自分のことを信じ切っている目だと感じたのだ。それを裏切っている自分が、急に醜く思えた。
「今年は会えてよかったよ」
本心からの笑顔を織姫に向ける。
それを見た織姫は、自責の念にかられた。新婚の頃の気持ちをじわじわと思い出す。
「私も会えて嬉しかったわ」
そこに偽りはなかった。
「また来年も会えたらいいわね」
「そうだね。じゃ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
二人は橋の真ん中で背中合わせになる。一歩ずつ、それぞれの住む場所へ歩き出した。
二人とも、今日の愛おしい気持ちは、日常に戻ったら徐々に薄れてしまうことを知っている。遠くに住む配偶者を思うより、近くにいる異性に心惹かれる時間が長くなることを実感している。何しろ、こんな暮らしを十年も続けているのだ。
着かず離れず、年一回の逢瀬。この関係をいつまで続けるのだろうか。お互いそう思っていることなど知らずに、二人はまた、それぞれの場所で「幸せに」暮らしはじめる。
最初のコメントを投稿しよう!