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七夕前日【彦星の場合】
「年に一回しか会えない妻より、手近な愛人の方がよくない?」
十歳も年下の女にそう言われたときは面食らったが、その女があまりにもエロい格好をしていたものだから、わけもわからないまま本能に任せて抱いてしまった。
一度体の関係をもっただけなのに、その女は恋人面するようになり、正直面倒だと彦星は思っている。しかし、むちむちとした太ももや、豊満な胸を惜しげもなくさらす服ばかり着てくるその女を見て、結局誘惑に負けてしまうのだった。
「奥さんとウチ、どっちの方がいい?」
ホテルのベッドで横になっている時に聞かれ、彦星は言葉を失った。なぜなら織姫と最後にしたのはいつだったか、全く思い出せなかったからだ。
「不倫って、罪悪感とかあるわけ?」
女が彦星の腕の中に潜り込む。
「そりゃあもちろん」
彦星は女の髪の毛をなでた。
「向こうは向こうで、他の男と楽しくやってたりしてね」
女が鼻で笑った。
「あいつは、そんなことできるほど器用な人間じゃないよ」
想定していたよりも大きな声が出て、彦星はわざとらしく咳払いをする。
「ふうん。そうなんだ」
一瞬の沈黙。
「明日、七月七日だね」
「そうだね」
「……明後日は会える?」
珍しく言いよどんだ女を少しだけ不思議に思う。
「多分」
「じゃ、十九時にいつもの居酒屋ね」
「わかった」
「楽しみにしてるね」
「うん、わかった」
彦星は、女の首筋に唇を押し当てる。女は身をよじらせて、それをかわした。
「おやすみ」
一人で布団にくるまってしまう女から、彦星は目をそらす。
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