序章 苦痛

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 霊斬は大して勉学も武術もできない兄と比べられ、差をつけられ、劣悪な環境で、幼少期を過ごした。ある明け方、独りで、庭で行われていた兄の稽古の様子を思い出しながら、木刀を振っていると父に見つかり、その場で兄と戦うことに。  一度もまともな稽古をしていないのにもかかわらず、負けてしまった兄は母とともにその場を去る。その後、父との戦いにも勝利し、家に戻ってくれという父の言葉に耳を貸さず、乳母とともに家を出た。  旅先で()(しゅう)という鍛冶屋に出会い、幻鷲霊斬という名をもらい、刀鍛冶になるために、修行に取り組んだ。  その後、店を建てるために血塗られた金を稼ぐ日々。これがなければ、霊斬は店を建てられなかっただろうし、こんなにも苦しむことはなかったかもしれない。  真っ当な方法が一番なのは分かっていたが、早く店を手にしたいという気持ちを抑えることができなかった。霊斬はより困難な道を選択するところがある。自分のことなどどうでもいいと思っている。  自分がより辛い状態になっても、それを覚悟した上で実行する。霊斬は自分を労わるとか、大事にすると言ったことが、分からないのだ。なにかを得るなら、なにかを犠牲にしなければならないと、強く思っている。  自分の命以外に犠牲にできるものがあるのなら、差し出す。それがどんなに大切なものであっても。  霊斬は生きるために自分の〝感情〟を犠牲にした。自分の抱く感情と、なくてもいい冷たい壁を作り上げてしまった。だから、自分が苦しんだり、辛かったりしても、他人事(ひとごと)のようにしか理解できないのだ。自分のことだと認識することすらも、止めてしまった。
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