僕と、彼の結婚

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   ※     ※     ※  同性パートナーシップ制度という、事実上の同性婚を認める民法の改正が日本で成立したのは、昨夏の事だった。  長年続いてきた婚姻の自由を求める市民運動が遂に実を結んだのだ。  改正民法の施行日に合わせて、それまで関係をひた隠しにしていた芸能人の同性カップルがカミングアウトを果たした後、受理された婚姻届けを満面の笑みでカメラに向けている光景は、テレビやネット上のありとあらゆる場所で繰り返し報じられたから、日夜漫画ばかりを描き続けていた僕の記憶にもしっかりと刻み込まれていた。  でも、まさかそれが自分の身に置き換わるとは。ましてや僕達は、彼らのように愛し合ってもいるわけでもない。ただ良き友人として大学生活を送って来た男同士が結婚するなんて――全くもって現実味を欠くものとしか思えなかった。 「深く考えるよ。いいか、結婚するって事は、相手に配偶者として養ってもらう権利を得るって事だ。扶養家族って制度は知ってるよな? 一定の年収を下回る三親等以内の親族は、家族の保険に入れて、なおかつ税制上でも控除を受ける事ができるんだ。お前が俺の配偶者になれば、お前は働かずして社会保険に加入して、住民税を支払う必要もなくなるって事だ」  よどみなく説明を重ねる達仁に、きっと彼はこうなる事を予見した上で前々から下調べを進めていたのだと知った。 「でもそんな事をしたら、せっかく就職した企業でのお前の立場は……」  法律が改正されたとはいえ、同性婚自体はまだまだマイノリティーなものでしかない。同性愛者だと思われてしまえば、彼に偏見の目が向けられる事は避けられないだろう。 「漫画ばかり描いてたお前にはわからないだろうけど、企業側も同性パートナーシップ制度の行使を妨げれば罰則を受けるよう、法律で決まってるんだよ。仮に新卒の俺がお前と結婚したところで、それを理由に内定を取り消したり、雇用後の待遇に差をつける事はできない。むしろ既婚者である俺には、独身寮じゃなくて世帯寮を求める権利だって生まれる。全ては法律で定められた事だ。そんな事で俺の立場が危うくなるようなら、企業そのものの存続が危ぶまれる話だよ」 「でも……」  一概には受け入れかねる話だった。それではまるで、制度の悪用ではないか。社会保険や税金の負担を免れるために、愛し合ってもいない僕達が結婚するのは道義に反しているとしか思えない。 「さんざん代返したり、カンニングを繰り返して来たお前が言えるセリフかよ」  僕の主張を、達仁は笑い飛ばした。そう言われてしまうとぐうの音も出ない。 「いいか? 恋愛や結婚が自由になるって事は、俺達みたいなパートナーシップを結ぶ事だって一つの自由の形だろ。俺はお前の夢が叶うまで力になってやりたいと思うし、お前もそれで自分の夢を追いかける事ができるんだ。そんなの結婚した女が家庭に入って、男が仕事に打ち込むのを全力でサポートする昔ながらの夫婦関係と大して変わらないだろ。男同士でも、お互いの為に支え合う事ができる。パートナシップ制度万歳、自由万歳だ」  あっけらかんと達仁は笑い、つられて僕も笑い返した。  そうして僕達は、その日の内に婚姻届を提出した。  僕達二人は、結婚したのである。
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