僕と、彼の結婚

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 週刊誌の連載は想像していたよりも遥かに大変で、毎週のノルマを書き上げるだけで瞬く間に毎日が過ぎて行った。始まった新連載は、週を重ねる度にじわじわと掲載順位を上げ、半年が経ち、単行本の出版に合わせてついに表紙と巻頭カラーを飾るまでになった。  本屋の平台に僕の描いた漫画が並ぶと同時に「増刷です!」という連絡が届いた。僕の仕事部屋は、編集部に送られてくるファンレターや応援メールの段ボールであっという間にいっぱいになった。連載二周年を機にアニメ化の話が飛び込み、合わせてソシャゲ開発の打診がもたらされた。僕はとにかく連載をこなすのに精一杯で小難しい話は全て編集部に一任していたのだけれど、気づいた時には僕の作品はその少年誌の代表作を通り越し、広く一般の人々にまで知られるものとなっていたのだ。  僕はそれまでと同じように毎日必死に漫画を描いていただけなのに、いつの間にか僕を取り巻く世の中は一変してしまったように感じられた。  もう少し広い部屋に引越し、アシスタントも増員した方がいいんじゃないかと勧められたのは、ちょうどその頃の事だ。  本来の連載以外にも単行本用の描き下ろし挿絵や表紙、ファングッズ用のイラスト等の仕事が増え、僕はもうパンク寸前だった。 「そうした方がいいと思うよ。実を言うと、社宅に知らない人が出入りするのは好ましくないって総務部からは怒られてたんだ」  僕が言うと、達仁はそう言って屈託なく笑った。その時には既に足立君達が毎日手伝いに来てくれていたから、一部上場企業の社員寮としては異様な光景だったのだろう。  二人で相談の上、それまで住んでいた社宅からそう遠くない場所にマンションを借りる事にした。3LDKの部屋を横並びに二つ。一つは作業場として、もう一つは僕と達仁用の新居として。  僕の貯金通帳には桁を間違えたんじゃないかというぐらいのお金が入っていたから、引っ越しはそう大きな負担にもならなかった。むしろこれまでよりも広く、高層階の部屋への引越しをきっかけに、僕の心にもようやく現状を認識する余裕が生まれたような気がした。
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