僕と、彼の結婚

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僕と、彼の結婚

 大学一年生の時、とある少年漫画誌の新人賞を受賞した時にはこの世の春が訪れたと思った。  僕の描いた漫画は誰もが知る有名な少年誌に収録され、北は北海道から南は沖縄まで、全国のありとあらゆる書店やコンビニ、スーパーの雑誌コーナーに並んだ。表紙に刻まれた自分のペンネームと作品名を見る度に、僕は自分が有名漫画家に肩を並べたような、誇らしい気持ちで満たされた。  ところが実際には、そこからが地獄のはじまりだった。  呼び出された編集部で新人賞受賞作である短編読み切り作品の評判は上々だったとお褒めの言葉を貰った後、連載作家を目指す気はあるかと意気込みを確認した編集者は、これまで描いてきたストックを全て見せるよう僕に促した。  小学校の頃から漫画を描いてきた僕には、他の新人賞に応募したものや、書きかけのものまで含めればかなりの数の作品がある。しかもどれも絶対に面白いと確信を持って描いた自信作ばかりだった。描いてから時間が経ったものについてはコマ割りや画力に不満が残るものもあったが、少し手を加えれば受賞作と同等か、それ以上の作品に仕上げられるという自負があった。  ところが、 「他には? これだけ?」  編集者は顔色一つ変えず問うた後、呆然とする僕を見て、深々とため息をついた。 「あーじゃあ、またちょっといいアイディアができたら持って来て。ネームの段階でいいからさ」  雑誌をパラパラと流し読みするぐらい素っ気なく目を通しただけで、僕が必死の思いで生み出して来た作品達は、あっさりと切り捨てられてしまったのだ。  編集部の他の人間や、編集長に見て貰うわけでもなく、いち担当者だという彼一人の判断だけで。  釈然としないものを抱きつつも、僕はなにくそという反骨心のみでペンを手に取った。そんなに言うのであれば、これまで温めてきた数々のアイディアを全て披露してやろう。あの人が目を白黒させて平伏するぐらいの傑作を突き付けてやろうじゃないか、と。
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