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13. ストーカーの末路
ストーカーの終わりは、ふられた時と同様、突然にやってきた。
その朝、いつもと同じように自転車で尋深を追走していると、彼女がいつもとは違う道へと進んだ。
訝しく思いながらも後を追い、通ったことのない道を進み、曲がったことのない角を曲がったら、そこに彼女が立っていた。自転車を降りて待っていたのだ。
知らぬ顔をして通り過ぎようかとも思ったが、それには道幅が狭かったし、あまりにも白々しい。押し退けるわけにもいかないし、Uターンするのは明らかに間抜けだ。
やむなく自分も自転車を降りて、彼女の前に立った。
先に口を開いたのは彼女だった。
——おはよ、各務くん。
にこりともせず、かと言って怒っているふうでもない。久しぶりに至近距離で真正面から見る彼女の顔。朝の風に乗って微かに届く甘い香り。
思わず卒倒しそうになるのを踏ん張ったと言えば大袈裟に過ぎるが、それくらいのインパクトはあった。
——あ、おはよう。
平静を装い、挨拶を返した。
——いつまで続ける気?
——続けるって……ストーカーのこと?
——ストーカーだっていう自覚があるんだ。
——まあ、多少なりとも……。
久しぶりに二人きりで交わしたのが、そんな間抜けな会話だった。Uターンなんかしなくても、ストーカーは十分に間抜けなのだと思い知らされた。
こそこそ撮った写真を送り付けたりもしなかったし、郵便受けを覗いたりもしていない。今日の服装は可愛かったねとか、髪を切ったね、似合っているよとか、今日食べていた定食が美味しそうだったねとか、そんな感想を届けたこともない。本当にそっと見守っているだけ。どちらかと言えば守護神のような、それが言い過ぎならば背後霊でもいい。自分の存在をアピールするような真似は一切していないつもりだったから、見抜かれていたことについてはショックではあったけれど、一方でさすがだなと感心したりもした。
——ったく。
彼女は小さく溜め息を吐いて、何かを吹っ切ったかのように困惑の表情を真顔に変えた。だが、その一瞬、笑顔が垣間見えたと思ったのは錯覚だったのかどうか。
——そんなことしなくてもさあ、サークルはずっと一緒なんだし、顔を合わせる機会はいくらでもあるじゃない。
否定のしようもない。
——大丈夫?
何がと思ったけれど、大丈夫と答えた。いい加減なものだ。
——わたしが他の男の子と付き合い始めたらどうする?
これは想定外の質問だった。もちろんそれが最も懸念すべき事態には違いない。事が起こってから、想定外ですなんて政治家みたいなことを言っても始まらない。
ストーカーとは、そんな、想いを寄せる相手が他の異性と楽しそうに過ごしている場面でも見たいと思うものなんだろうか。そんな場面だからこそ確認したくなるのだろうか。その結果、嫉妬に燃えて、堪え切れなくなって、相手の男をどうにかしようとするのだろうか。無理心中という方向もあり得るか。自分のものにならないならいっそと。彼女の幸せを願う立場としてはそんなことを考える余地はなかったけれど、世の中にはそんな犯罪も多いのかもしれない。
そんなことが頭の中を駆け巡った。
——そんなの、その時になってみないと分からない。
彼女の前では正直だった。正しくなんかなかったかもしれないけれど、自分の心に忠実だった。それが言動に表せたかどうかは別にして、少なくとも嘘はなかった。
それなのに、どうして付き合い始める前と後とで関係が変わってしまったのだろうか。変わってしまったことに自分では気づいてすらいなかった。ずっと同じように大事に大切に愛おしく思っていた。それでも彼女から変わったと言われてしまった。
変わること。それは仕方のないことなのかもしれない。爆発して飛び出しそうな心臓を宥め宥め、ほんの短い台詞に馬鹿みたいに長い時間をかけて、やっとの思いで告白をした。
そんな守りたいもの、失いたくないもの、かけがえのないものができたのだ。変わらないはずがない。彼女を想う気持ちは強くなりこそすれ、これっぽっちも色褪せはしなかった。
他の女の子など目にも入らなかった。失礼ながら、外見だけならもっと綺麗な女の子も可愛い女の子もいたかもしれない。それでも、どんな女の子にも代替の利かない存在だった。
そして、これは自惚れではないと小さな自信を持っている部分だったけれど、どうやら完全に嫌われてしまったというわけでもなさそうだったのだ。
それでも。それなのに。別れを告げられた。
理由は、長い年月を経て今日知った。
変わったことがいけなかったのだと。
それは変わり方の問題だったのかもしれない。
でも、何故だろう。
どうして、それだけのことで、たったそれだけのことで、どうして諦めてしまったのだろう。
失いたくないと意識するようになった。それだけのことだったはずなのに。
どうすべきだったのか。
どうすればよかったのか。
彼女に対する不満はなかった。
彼女の方に不満があるなら、もっと文句を言ってくれればよかったのに――。
そんな不満が、長い時を経て少しだけ浮かび上がった。
いや。
それはお互いさまなのかもしれない。
彼女の前では正直でいたつもりだったけれど、それは単に嘘がないというだけで、全てを曝け出してはいなかったのだろう。互いにもっと思いをぶつけ合うべきだったのだろう。喧嘩の一つや二つ恐れずに。
そうすれば、もしかしたら関係は壊れずに済んだのかもしれない。
あの時、ストーカーに対峙した彼女は、溜め息に言葉を乗せるようにして言った。
——分かったわよ。
何を分かってくれたのか、分からなかった。
——でも、盗撮は嫌だ。
黙って頷いた。
約束は守る自信があった。
——はっきりしないお天気ね。
彼女は空を見上げて、また自転車に跨ると走り始めた。
その後ろ姿が、ストーカーとして見た最後の彼女だ。
後を追わずに見送ったその姿が見えなくなったのと同時に、ストーカーを卒業した。
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