15. エピローグ、もしくは こと座のベガ

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15. エピローグ、もしくは こと座のベガ

 二人の距離が十七光年になった年の夏のことだ。  昔の仲間から連絡があった。  尋深が亡くなったと。  癌だったという。  葬儀に参列出来なかった者たち数人で、ささやかな追悼の会を催した。  聞けば、余命半年と言われてから三年近く生きたのだとか。  さらに驚いたのは、夫であった人は確かにカナダに移住していたようだが、それ以前に夫婦は離婚していたのだという。夫婦関係がどうだったのか、離婚原因に尋深の病気が関係したのかなどは知るところではない。  ただ、自身の余命を知った尋深が、最後の時間は日本で過ごすことを選んだらしい。  重要なのは、あの日——、十五年振りに再会したあの日、彼女は自分の命の残りを知っていたということだ。  それに気付かなかった自分を責めるべきだろうか。  後になって思い当たるふしがあるとすれば、学生時代よりもシャープに感じられ、見ようによっては少し瘦せたようにも見えた顔のラインくらいのものだ。  いや。気付かせなかった彼女を褒めてやるべきだと思う。どこまでも彼女の方が一枚上手だったということだ。  追悼の会を終えた日の夜、一人、自宅のベランダから空を見上げた。  台風崩れの低気圧が去った後のせいか。住宅地の空もいつもより澄んで見えた。満天の星空とはいかないものの、おかげで熱帯夜の不快指数も少しは和らぐように感じられた。  星を見ることはすなわち過去を見ることだ。故人を偲ぶには相応しく思う。  何光年も彼方で輝く星を構成する成分は、地球に届く光の色で分かるのだそうだ。  一方で、人の身体を構成する元素は、人類が誕生する遥か以前に年老いて寿命を終えた星の残骸だと聞く。  人は死んでも星にはならない。それでも、人と星というのは案外と強い縁で結ばれているものらしい。    ひときわ輝く三つの星——夏の大三角はすぐに見つかった。  こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ。この三つの星が成す大きな二等辺三角形。  ベガこそが天の川伝説でいうところの織姫であり、アルタイルが彦星だ。    尋深との思い出を振り返っても、彼女の織姫らしいエピソードなど一つも思い浮かばない。それなのに、どうしていつの間に彼女と織姫が重なってしまったのだろう?  気付かぬうちに彼女のイメージ戦略にはまってしまっていたということか。  おかしくて笑ってしまう。  人の気配を感じて振り向いた。  妻が缶ビールを二本持って立っていた。 「お、気が利くじゃないか」 「でしょ?」  妻はえっへんとでも言いそうな得意げな表情で笑った。  缶を軽く合わせて乾杯をした。 「何を見てたの?」  妻も隣に立って空を見上げる。 「夏の大三角」 「え、どれどれ。何でそんなの知っているのよ」  実は天文部に在籍経験があることは話したことがない。何となく照れ臭くて言いそびれてしまったまんま、今日に至る。 「実は昔、ちょっとだけ天文部にいたことがあってさ、女の子を口説くのに使えるかと思っていろいろ知識を仕入れたんだけど、使うチャンスに恵まれなかったんだ」   夫婦間の小さな秘密がひとつ減った。 「あら、もったいないわね。いいよ、今、わたしを口説いてくれて」  妻が肩をくっつけるようにして寄りかかって来た。  ちょっと照れながら、その照れを悟られないように夜空に手を伸ばし、三角形を成す三つの星の中で一番明るい星を指差した。  それがこと座のベガ。地球からの距離はちょうど十七光年だ。  数分後には、亡くなったのが学生時代の元カノだということも白状させられているかもしれない。そんな予感がした。 「あなたは今も、Ⅱ」《了》
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