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2. 夏雪
その日の夜。金曜日ということもあって真っ直ぐ帰宅する気分にはなれず、一杯引っ掛けてから帰ることにした。
電車の中から夕飯はいらないと妻にLINEを入れると、すぐに既読になって、ごゆっくり~と返信があった。
乗り換え駅で次の改札へは向かわず、地下通路を歩き、一番北寄りの出口から地上に出た。
陽はすっかり沈んでいるものの、日没後の方が明るかったりするのが夜の街でもある。
更に北へ向かって坂を上る。緩やかだった勾配が、途中の幹線道路を境に角度を増すとともに、ネオンの灯りも人通りも格段に少なくなった。
坂道を歩く時は俯きがちだ。意識して顔を上げると、漆黒の書き割りのような山が夜空を侵食している。
星の光は何光年も旅した挙句、都会の空では濁った空気や街の明かりに行く手を阻まれてしまう。だから都会の空は晴れてはいても、やはり黒い。それでも、山の稜線が描く黒とは異質な黒に見えるのは、そこに無限に近い奥行きがあるからだろう。
そんな星の光の儚さや宇宙空間の広がりに思いを馳せた頃、目的のビルが見えてきた。
海よりも山に近い辺り。坂の途中に建つ、古めかしい石造りの小さなビル。その前に置かれた、それこそ俯いて歩いていなければ見落としてしまいそうな、小さくて控えめな行灯が目印だ。
蝋燭を模したLEDの灯りが揺れながら、「夏雪」という店名を浮かび上がらせている。
小料理屋「夏雪」。季節感の倒錯した名前を持つこの店が、最近のお気に入りだった。
「お疲れさまです」
カウンタの席に着くと、和装の女将が疲労回復剤のような笑顔を添えて、おしぼりを手渡してくれる。
この時にほんの少しだけ指が触れる。その触れ方がまた絶妙で、自分だけが特別なわけがないのにそんなことを思わせる。
「ビールにされます?」
たったこれだけの台詞に「それともお風呂?」とでも続きそうな雰囲気を醸し出す、恐るべき女将だ。どこかで会ったような気がしてならないのも、女将が持つ妖力のようなもののせいだろう。
「ええ、とりあえずビールで」
「鰆の西京焼きがラスイチなんですけど、如何ですか?」
それが怪しげな壺の類であったとしても、この女将の売り込みを断ることなど出来ないだろう。拒絶する術を発見した男はノーベル賞ものだと思う。
「もちろんいただきます」
「ありがとうございます」
蕩けるチーズみたいな女将の笑顔に、こちらまで表情が緩んでしまう。日常の憂さを晴らすにはもってこいの店なのだ。そして、だからこそ、誰にも教えたくない。
若いと思わせたり、大人の落ち着きを見せたり、時には幼ささえ感じさせる年齢不詳な女将だけれど、恐らくは自分と同じ世代だろうと想像している。
その女将が一旦奥に引っ込んだところで思い出した。今日はいつにも増して珍しい酒の肴を持っていることを。
おしぼりを置いて、昼間貰った名刺を取り出した。
中和泉尋深——。
印刷されている名前が旧姓なのはビジネスネームだろう。結婚後も旧姓で仕事をしている女性は職場でも珍しくない。
「どなたの名刺ですか?」
戻って来た女将が、突き出しの小鉢を置きながら妖しげな笑みを投げてくる。その破壊力たるや、ほかの女性のことを考えていたことが疚しく思えてしまうほどだ。
「昼休みに、偶然、昔の知り合いに会ったんですよ」
「へえ。ちらりと女性らしい名前が見えたんだけど、気のせいかしら」
わざとらしく口を尖らせたかと思うと、次の瞬間にはその口が手品のように笑っている。
女将の位置から見えたはずはない。仮に一瞬見えたとしても、チラ見した字面だけで女性と判断できる名前とも思えないから、きっと当てずっぽうだ。
「はい。ビール」
この店は生ビールを置いておらず瓶ビールだ。いつも最初の一杯は女将が注いでくれる。こちらは適当にグラスを構えているだけなのに、常に完璧な割合で泡が立つ。
半分ほど飲んだところでグラスを置いて、スマホを取り出した。電話帳を開き、登録したまま死蔵と化している尋深の番号と、名刺の裏に書かれた番号とを比べてみた。
同じだ。
なんだ、わざわざメモなんかしてくれなくてもよかったんじゃないか――。
とはいえ、十五年もの間、埃に埋もれて黴まで生えたような番号だ。いきなり電話を架けるのは、棒高跳び以上にハードルが高い。
もし、今架けてみたら、どうなるだろうか。
スマホの画面を眺める。表示された番号。そこに軽く触れるだけで発信される。動作としては簡単だが、精神的な壁を超えるのは不可能に近い。
彼女はまだ仕事中だろうか。仕事中ならまだいいが、もう家に帰って家族と一緒に過ごしているかもしれない。そこに電話をしてどんな会話をするのか。いや。家族に聞かれて困るような会話をするわけじゃない。——わけじゃあないけれど……。
今どきの若者に比べれば、音声通話にも慣れ親しんだ世代だ。とはいえ、やはり電話など架けられるわけがない。電話をくれと言われたわけでもない。十五年ぶりに、またねと言われただけだ。彼女にとってはバイバイと同義か、せいぜいいい天気ねくらいの意味しかないだろう。
いや、待てよ——。
名刺の裏にわざわざ番号を書いて寄越したのは、架けてくれということではないのか。客観的、一般的には絶対にそうだ。独身の部下から相談を受けたとしたら、すぐに架けろ、この場で架けろと嗾けるだろう。
しかし、一般論というものは得てして自分自身には当て嵌められない。客観が主観に勝ることも稀だ。客観的な意見を採用したつもりでいても、それを選んだのは自分自身、つまり主観でしかない。だとすれば、人が自分自身のことについて客観的な判断を下すことなど、端から無理だということになる。
兎にも角にも電話が無理なのは明らかだ。せいぜいメールかLINEだろう。LINEのやり取りだってしたことはないけれど、電話番号から友達登録だけはされている。けれど、それにしたところで何と送るべきか。
元気そうで何より——まぁ、それで済むなら悩みはしない。
今日は会えて嬉しかった——いやいや。まるで口説きにかかろうとしてるみたいじゃないか。
いつから——、いつから、この街に——。
そうだ。彼女がこの街にいることは知らなかった。この十五年、惰性に近い年賀状の交換だけは続いていた。卒業後の彼女は故郷で就職して、結婚を機に転居したはずだ。それ以降はずっと同じ住所だったように記憶している。
いつ、こっちへ引っ越して来たのだろうか。いや。引っ越して来たとは限らないか。たまたま仕事でこちらに来ていたとか——。
ヒントは目の前の名刺にあった。勤務先の住所はこの街のものではなく、彼女が住んでいると記憶している地方のものだ。ということは出張で来ていた可能性が高い。だとすれば、今頃は新幹線か飛行機の中か。あるいは宿泊先のホテルだろうか。
いずれにせよ、昼間出会ったのはすごい確率だ。あのクレームの電話がなくていつも通りにランチに出ていれば、いや、どちらかの歩みがほんの数秒ずれただけでも、出会うことはなかっただろう。そんなことに運命を感じるほど若くはない。若くはないが、何かしらの感慨は感じざるを得ない。
学生時代、彼女との偶然の出会いを演出しようとして、何度も失敗を重ねたことを思い出した。
彼女とは大学から帰る方向が同じで、二人とも自転車通学だった。帰りが一緒になることがあったって何ら不自然ではい。けれど、一筋縄ではいかないのが現実だ。途中のコンビニで立ち読みをして時間を潰しながら、前の通りを眺めていても、一向に彼女は通らない。どこか寄り道をしたのか。違う道を通って帰ったのか。判断のしようもない。
一度、そのコンビニで出会えたこともあったけれど、その時の彼女は友達と一緒で、ただ軽く会釈を交わしただけで終わってしまった。それでも、少し首を傾げるようにして見せてくれた控えめな笑顔だけでも、当時は大きな収穫だった。
彼女のことが好きだった。狭いアパートの天井をひとり眺めながら、彼女のことが頭から離れなかった。
なのに。
一緒に帰ろうのひと言が言えない腰抜けだった。あの頃の自分の後ろに立って背中を押してやりたい。そんなふうにさえ思う、赤面ものの苦くて青い思い出——彼女はもう十五年もの間、その中にしかいない存在だった。
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