第17章 猫はどこで眠る

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一瞬目の裏に真っ白な彼のかすかな微笑みが映り、瞬きしてそれを打ち消した。…わたしはあの人を失ったんだ。どうせ永遠に手が届くことはない。 わたしはわたしの人生を。これから一人、進んでいくしかないんだ。 心は決まった。両腕を伸ばして哉多の首の後ろに回し、ぎゅっと抱き寄せる。ちょうど口許のあたりに近づいたその耳にできるだけ優しい声で囁きかけた。 「いいよ、哉多なら。…わたしの方は、大丈夫。だと。…思う」 その言葉が合図になったみたいに、急に奴は荒々しくなった。 わたしや哉多の個室はワンルームなので、ちょうど目の前にベッドがある。どうやってそこまで進んだのか混乱してわからないくらいの勢いで、奴はわたしを抱えたまま突進してその上に押し倒した。横向きの無理な体勢を何とかしようと身体をよじる暇もなく、両肩をベッドの表面に押しつけられて仰向けにされた。 まか、と再び小さく呼びかけたかと思うとのしかかるように激しくキスされる。あんまりすごいのでいちいちプールに突き落とされて溺れかけるくらいの勢いで酸欠になるのがつらい。キスって、想像してたより何倍も過酷なもんなんだ。 ようやく気が済んだのかやっと唇が解放された。と思うと、両手をわたしの身体の脇について上から見下ろし、やけに生真面目な顔つきで問いかけてくる。 「ごめん、眞珂。…なんか俺めっちゃ興奮してるから。ちょっと、おかしくなるかも。…苦しいとか重いとか痛いとか感じたら。早めに言って。俺、気が回らないかも。そこまでは」 「言ったらやめる?」 哉多はぶん、と首を横に振ってわたしに遮二無二かじりついてきた。 「…加減する。なるべく頑張って。…優しく、するから」 中止はなしか。まあいいや、もうどうでも。ここまで来たら。 何がどうなってもいい。わたしなんか、別に大したもんじゃない。 わたしを欲しいと思ってくれてるのなんて結局今現在こいつだけだし。だったら、他に誰にも顧みられないこんな身体。好きなようにしてくれて構わない。 奴は今度は何回も短く唇にキスしながら、服の上からわたしの身体をあちこち探り出した。正直これまで誰にもそんな風に触られたことないから。胸を揉まれるだけでも何とも言えない変な気持ちになる。…別に、気持ちよくはない、と思うけど。落ち着かないというか。じっとしてられない感じ、というか。 「ちょっと、そろそろ脱がすよ。…ごめんね」 「ううん、…平気」 まあ、そうだよね。複雑な気分ながら頷くしかない。こいつとするってことは身体見せるってことだから。 だけど今ひとつ現実感がない。やっぱり、事前にそこまでちゃんと想定してOKしたわけじゃないので。ほんとに全部脱いでこいつに全部見せるの?そこまでしなきゃいけない?って、本音のところではまだためらってる。 だからって、ここで勝手に女の子裸にしようなんて変態!とかきーきー言って暴れたら頭おかしいよな。お前何する気でここまで来たの?ってうんざりすると思う、どんな男でも。 もうこいつの部屋まで自分の足でついてきて、二人でベッドに乗っちゃったんだ。服脱ぐのは注射の前に腕まくるのと一緒。諦めて目をぎゅっと閉じて、全部終わるのをじっと待つしかない。 眠ってるうちに何もかも済んでくれれば何も考えなくていいのに。最初から最後まで結構時間と手間かかるもんなんだな、と諦めの境地でわたしは奴の細かく震える手が服の端にかかってくるのを感じながら耐えた。
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