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不意に霞んだ目の前にありありと、さっきの固く閉じた扉が浮かんだ。あの人たちだって。夫婦なんだから、…毎夜二人きりで過ごすんだから。もしかしなくても。
わたしは受け入れがたいものを閉め出すようにぎゅっときつく目を瞑った。そんなことは想像しない。二度と絶対、考えない。例えそれが現実だったとしても。
こんなこととあの人を頭の中で繋げたくない。これはここだけのこと。わたしのごく個人的な経験だ。
あの人を全ての渾沌から切り離して。何も知らなかった頃のわたしのきれいなところだけと接した状態のまま、永遠にピンで高いところに留めておきたいんだ。
それっきりわたしは彼について考えるのを止め、脳内でがしゃん、と重いシャッターを思いきり下ろして余計な迷いを頭から追い出した。
わたしが朦朧とするまで哉多は容赦なくそこを手を変え品を変え責め続け、ぐったりとなって息も絶えだえになったところでようやく再び上に覆い被さった。
「これだけ蕩ければ。初めてでもちゃんと気持ちよく受け入れられると思うよ。…いや、よく保った。偉いよ俺」
途中でもうたまんなくて出ちゃうかと思った、と明るく言われても。と言い返す余裕もなくしどけなくされるがままになるだけ。力なく喘ぎつつ全開で横たわって、再び奴を中に受け入れた。
「…お。今度はさすがによさそう。ほら、ちゃんと奥まで。…入った。どう、眞珂?これ痛い?」
それは。まあやっぱり痛いことは痛い、けど。
「…だいじょぶ。我慢、…できそう」
「ふん。我慢か。そんなんじゃ、またしたいってならないだろ。…んじゃ、もうちょい頑張りますか」
それからその状態のまま、キスされたり身体を弄られたりしてるとまた変な気持ちに。
「うっ…ん、あぁ。もお…、やめてぇ…」
「いいよ、腰動いてきた。…表情もいいな、色っぽいよ。気持ちよさそう。…は、ぁ…。いいよ、すごく。…眞珂…」
奴もさすがに限界だったらしい。わたしが抑えきれず反応し始めると、身体を硬直させて喘ぎ、背中をわななかせる。
「あっ、…もう。無理。…出る」
ごめん、と呟いていきなりがばっと身体を跳ね除けてわたしから離れた。何が起こったのかわからず呆然と見上げるわたしをよそに、ベッドの傍にあったティッシュの箱に猛然と向かってすごい勢いでまとめて紙を抜く。
それを脚の間に押し当て、屈んでうっ、と呻いてからやがてふぅ〜、と肩で息をついた。
「…ごめん。急だったから俺、ゴム持ってなくて。外で出さなきゃと思ってさ。失敗はしてないと思うけど…。ちょっと早かったよな」
「早い?」
よくわかんないけどとにかくやっと終わったみたい。わたしは安堵でどっと全身の力を抜きつつわけがわからなくて思わずきょとんと奴を見上げた。
「普通がどうなのかわかんないけど。長かったよ、すごく。…なんか。疲れた…」
「そっか」
哉多はティッシュを丸めてベッドの傍の屑籠に放り込み、ぎし、と軋む音を立てて再びわたしのそばに寄り添った。それから甘えるように半分身体を乗せてすり寄る。
「疲れただけ?気持ちよくはなかった、ちょっとも?」
「…わかんない。け、ど」
さっきまでの自分のあられもない痴態がうっすらと記憶の中に甦る。あれで全然何も感じなかった、と言っても。意地張ってるだけだと笑われるだろうな。
「少しは。…よかった、かも」
そう答えた方がどうやら無難そうだ。と判断してためらいつつ口に上せると哉多に感極まったようにぎゅっと抱きしめられた。
「俺も。ていうか、すごくよかった。…大事にするよ、眞珂。…ほんと、可愛かったぁ…」
「何言ってんの」
呆れた声が喉から飛び出て、ああいつもの自分だ。とわかってほっと安心する。
あんなところまで行ってもちゃんと戻って来られるんだな。思ってたより大したことじゃなかったのかもしれない。
そう思うと気のせいか、もう既にさっきまでの生々しい記憶がみるみるうちにすうっと頭の中で薄れていく。終わってみればそれだけのことだ。人生の中で誰でも普通に体験する、ごく平凡なこと。
それにしている間は精神的にもいっぱいいっぱいで。余計なことを考えている余裕がほとんどなかった。ほんの一瞬だけあの人が脳裏をよぎらなくもなかったけど、憂鬱な嫌な気分を常にどこかで抱えてるのがここ数ヶ月のデフォルトだったのを考えたら。瞬間的に気が紛れたのは確かだと思う。
そういう意味では塞いでた気持ちを一瞬忘れさせてくれたんだから。少しはこいつに感謝した方がいいくらいなのかな。
手を伸ばして奴の頭をそっと撫でてみる。あんまりこういうことしたことないから。慣れてないというか、ぎこちないかもしれないけど。
「哉多がわたしのことを気遣って、できるだけ優しくしてくれたのはわかったよ。…ありがと、ごめんね。気を遣わせて」
「そんなの」
奴はわたしの首筋に埋めてた顔を上げてまじまじと目の中を覗き込んできた。正直、ちょっと近い。てか近すぎる。
「なんか興奮し過ぎて意地悪もしちゃったし。結局痛い思いさせたから…。謝るのは俺の方だよね。ごめん、眞珂」
「痛いのはしょうがないじゃん。あんたのせいじゃない。それが普通なんでしょ?よく知らないけど」
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