第18章 少し恋に似た何か

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我に返ると改めてじわじわとその場所の痛みが蘇ってくる。やっぱり、途中で痛みを感じなくなってたのは錯覚だったのか。ただ他の感覚に紛れてただけなんだってわかる。未知の快楽で混乱してごまかされてた感覚が去ったのか、今さらになって酷いひりひりが容赦なく感じられた。 それに何だかその部分がぽっかり空いたというか。変な風にすうすうして心許ない感じがする。慣れるまでしばらく時間がかかりそうだ。 だけどこれは。別に哉多だからってわけじゃないし。 わたしはこころもち心配そうな奴の目を下から見上げて安心させるつもりで告げた。 「それなりに痛いけど。だからこそ、変な知らない相手じゃなくて哉多でよかった。気心知れてなければ怖かったと思う。そういえば、前にあんた言ってたもんね。充分お互いを知る時間があったからいいだろって。…あれはこういうことだったのかな。ちょっとわかった気がするかも」 「…うん」 奴は何故だか感極まった様子でわたしをきつく抱きしめ、すりすりと頬を寄せて甘めの声で応えた。 「そう言ってくれると…。やっぱ、お前が自分からその気になるまで充分待ってよかったな。ちょっと頭に血が昇っちゃってたけど、次からは学習したから。もっと優しく、じっくり時間かけて気持ちよくしてあげるよ」 「え。…次あるの」 うっかり正直な感情だだ漏れで、うんざりした声が出てしまった。 奴が拗ねたように猫っぽい仕草でぐりぐりと頭を擦りつけてくる。勢いがあり過ぎてちょっと痛い。 「あるに決まってんだろ、何言ってんだお前。そう簡単に終われると思うなよ。まだ本当の良さわかってないだろ。今ひとつぴんと来ない顔してんじゃん。時間作って小まめに会いに来るからな。デートも行くぞ、就活の合間に」 「えぇ…。卒論もあるんでしょ、四年生?忙しいんじゃん。何も無理しないでも」 閉口して声を上げると丸めた拳で小突かれる真似された。 「お前と会う時間くらいあるよ。就活さっさと終わらせればいいんだし。余計な心配しなくていいよ。…それより、浮気すんなよ。他の男に触らせるな、眞珂」 何であんたにそんなこと言われなきゃなんないの。とさっき感じたささやかな感謝と温かい気持ちが一気に吹き飛んだ気がする。 「そんなこと言うんだ。てか、浮気って何よ。別の男の人なんて。ここには全然いないじゃん」 彼の透き通った髪や目と、柔らかな笑みを思い浮かべかけて必死でぐいぐいと見えないところへ押しやる。あの人はもうわたしのものにはならない。最初からそういう対象でもないし。 哉多はわたしの髪に頬を寄せて考え込むように呟いた。 「まあな、確かに。俺の知ってる範囲で言うとご当主とお目付役の出向社員と庭師のおっさんか、せいぜい。見事に全員既婚者だしね。…でも、新しく来るバイトとか。バラ園のお客とか出入りの業者とか、考えられる相手いくらでもいるだろ。一応そういうのも想定してさ」 「阿呆らし。束縛彼氏みたいな変な挙動やめてよ。それにわたし、よく知らない人と簡単に仲良くなったりしないよ。そこまでコミュ強者じゃないし」 正直に本当のことを言っただけなのに、また感極まってぎゅむっ、としてきた。いちいち息が苦しくなり過ぎる。 「そうだよなぁ。眞珂がコミュ障でまじでよかった。このまま囚われの姫みたくこのお屋敷に閉じこもっててよ。別に新しい男なんか。お前には必要ないよな?」 「そりゃ。…そうだよ」 わたしは内心戸惑いつつ素直に請け合った。 恋愛したい、とか誰かいい人に出会いたい。とかいう願望が今のわたしにはかけらもない。 いくらあの人のことを考えるのが苦しくてせめて少しの間でもこの気持ちを忘れていたい、気を紛らわせたいとは言え。新しく誰かと出会って一から人間関係を作るパワーはほとんど持ち合わせがない。HPほぼゼロだ。 哉多とこうなったのはたまたま既に知り合いでいちいちお互いを探り合う必要もなく、しかも向こうからこのタイミングで声をかけてきたからに過ぎない。自分から行かなきゃいけないって条件だったら絶対始まらなかったと思う。 つまり、成り行きに任せた結果で断るのに非常な労力が要るとかなら可能性はなくはないけど。このお屋敷にいる限り新規の人脈が出来るのはそう簡単なことじゃない。わたしがここに居着いてる間は邪魔が入りそうもない、と奴が安心するのも無理ないだろう。 だけどそのうち貯金がたまれば多分専門学校くらいは行くことになるけどね。ここで働いてて得られるキャリアは目に見える形じゃないから他では多分通用しない。何がしか一般的なわかりやすい資格をとって、それを頼りに将来的には独立しなきゃならないし。 永遠にここで柘彦さんのお情けのおこぼれに与って歳を取っていくわけにはいかないもの。 そうやって外に出れば、いくらコミュ障で引きこもり気味のわたしでも新しい知り合いが増える確率はそれなりにあるわけだ。と奴の腕の中でぼんやりと考えはしたけどそれはあえて口に出さないことにした。 貯金のペースから行っておそらく来年の四月には二年制の専門学校くらいになら進学できる程度の額は何とかなりそうだと思う。
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