第18章 少し恋に似た何か

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だけどまあ、別にそのことは気にならない。わたしもこいつの山ほどいる遊び相手のコレクションに加えられたってことだな、と理解してるし。 大学に行けば学生の、バイトに行けばバイト仲間のセフレがそこここにいるって状態なんだろうが。特にリアルに想像する気もないし多分嫉妬もしないと思う。わたしの目の届かないところでどうしてようがこいつの自由だ。 まあ目の前で他の女の子を取っ替え引っ替えいちゃいちゃされたら、じゃあ別にわたしいなくてもいいよね。とあっさり引いちゃうと思うけど。視界に入らない範囲でならどうぞご勝手に、ってくらいのもんだ。 四年になってからはここに来る頻度も減ったし。ひと月に数回訪れて泊まっていく程度ならこっちもちょうど気晴らしになるんじゃないかと思ってる。 哉多は一回身体をくっつけてちょっと気が済んだのか、わたしがコーヒーやパンの準備をしてるのを手伝いながらさっきよりやや真面目な態度で尋ねてきた。 「それはとりあえず置くとしてさ。実際の話、身体の調子どう?無理させたかなって後で気になってさ。それと昨夜、部屋まで送れなかったから…。本気であんなことんと寝ちゃうと思わなかった。お前がいなくなったの、まじで朝まで気がつかなかったよ」 「それはいいよ。最初からそういう話だったんだから。あんたが眠るまでそばにいて見届けてから部屋に帰るって。そう言っといたでしょ?」 「うん…」 奴はわたしと澤野さんのと自分のマグカップにコーヒーを継ぎわけながら、しばらく俯いてぼそりと呟いた。 「昨夜はそう言われて嬉しかったけど。朝起きてあー隣にもう眞珂いない、黙って自分の部屋に帰っちゃったんだって思ったらやっぱ寂しかったな。一緒に朝、同じベッドで目ぇ覚ましたかった…」 「う。…そんなことしてたら。澤野さんや茅乃さんにもそのうちすぐばれちゃうよ…」 まあ、それでも二人はわたしをふしだらだと責めたりとかは絶対しないと思うけど。 それはわかってても何だかあまりこいつとのことを館の中で大々的に公認されたくない、って何となく思ってしまう。 どうせ哉多がわたしに飽きるまでの期間だけのことだし。数ヶ月とか半年で終わりが来るとしたら、その飽きっぽさを周りのみんなに責められるのはあんたの方でしょ。それで澤野さんや茅乃さんにまた、捨てられた可哀想な子みたいに思われて腫れものに触るみたいに扱われるのも正直あまり嬉しくない。 こっちも遊びで軽い気持ちだったから別に構わないんです、とはさすがに言いにくいしな。いろいろ気まずくて微妙なことになりそうだから。不可抗力でばれちゃえば仕方ないけど、できたら非公認のまま終わりまで押し通したい。 「明け方にこっそり抜けて出れば大丈夫だよ。次はそうしような。牛猫が心配なら俺がそっちの部屋に泊まってもいいし。眞珂が声抑えられれば猫もびっくりして目を覚ましたりもしないだろ。声出せないようにする方法いろいろあるし。…ちょっとそれも興奮するな。ああ、次いつになるかなぁ。なるべく早くまたここに来なきゃ…」 何を思い浮かべてうっとりしてるのか。訊くのもちょっと怖い。 「変なことしないでよ。また変態みたいなことする気だったら。まじで次ないと思ってね」 「またって何だよ、昨夜はまともだったろ。口ですんのも挟んでするのも、お前のことを思えばこそじゃん。…あ、声する。どうやらあの女、この時間になってようやく起きてきたな。どんだけ女主人気取りなんだ」 「女主人気取りじゃなくて。本物の奥様なんだよ。それと『あの女』呼ばわりやめて。お屋敷出禁になるよ、茅乃さんの耳に入ったら」 ダイニングルームの方からおはようございます、と挨拶を交わし合う澤野さんと呉羽さんの声がする。 明るい笑いを混じえた弾んだ声が聞こえてるから、お互いの間の雰囲気は申し分ないようだ。さすが人生経験豊富なアラフィフ、ちょっと気位の高い有能な若い女性をいい気分にしてあげるくらいのことはお茶の子らしい。わたしなんかにはとても真似のできない技だ。 まあ多分、呉羽さんの方もこんな下働きの庭師見習いは眼中にないと思うし。堤さんのみならず、哉多も澤野さんもどういうわけかわたしたちの間が険悪になる可能性を慮ってわたしをあまり呉羽さんに近づけないように気遣ってる風なので、こっちは下手なコミュニケーションを無理に図らずに済んで助かってる側面はある。 こうやって彼の奥さんの存在からなるべく目を背けて何も考えないようにして。柘彦さんとも顔を合わせずに、時たま哉多と身体を触れ合わせて心身を束の間慰めて、いろんなことと向き合わずつぎはぎにやり過ごして当面はごまかして過ごすのかな。 そんな付け焼き刃な場当たり的対処でどこまで行けるかは想像の外だけど。とわたしは諦めのため息をついて、用意した自分の朝食をそのまま置いて『奥様』の朝ご飯の準備を調えるべく席を立った。 数週間ほどは目に見えた変化もなく、館の中ではそのままの穏やかな日々が続いていた。
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