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さっき遠目に見た固く閉じた扉を思い浮かべて何とも言えない気持ちになった。中で一体、どんな光景が繰り広げられているのか。びた一場面も想像したくない。
夕食時に見せつけられたあのやり取りを想起するとなおさら。…ああ、また思い出しちゃった。
わたしはどよんとなり、足を速めて隣の哉多に気づかれないようこっそりため息をついた。
とっくに正式な夫婦なんだから、個室の中で二人で何してようが彼らの自由だ。彼が内心嫌がって気が進まないでいる、って想定もぺしゃんこに完膚なきまで潰された。もうわたしが心配する必要は全然、何もないんだし。
気重な様子は伝わったみたいで、哉多は一階を目指して足を速めながら気安くわたしを励ました。
「まあ、大丈夫だって。多分サンルームにあいついるんじゃないかな。夕飯のあとのんびりうろついててついそのまま眠っちゃったんだよ、きっと。昔はあの場所で寝てたの何となく思い出したんじゃないの。…最悪あそこにいなかったら。俺が代わりにあいつらの部屋に猫が来てないか訊きに行ってやるよ。だからそう心配すんなって」
「でも。…悪いよ、そこまでしてもらったら」
哉多だって夜中に新婚さんの部屋のドアをノックするなんて、絶対避けたい罰ゲームみたいなものだろうに。と思って遠慮すると、奴は手を伸ばしてわたしの頭をよしよし、と撫でた。
「お前はひとのこと気遣ってばっかだな。大丈夫だよ俺は。何食わぬ顔してがんがんドアぶっ叩いて、すいませぇ〜んここに猫来てませんかぁ?って出てくるまで叫べばいいだけだもん。向こうもこいつは常識ないから怒るだけ無駄って諦めてくれるよ。せいぜいやってるとこ邪魔してやりゃいいんだ。散々見せつけるみたいにいちゃいちゃしやがって、館の中で」
「…いや新婚さんだし。それにお二人がここの主人だから、どこでどうしても彼らの自由でしょ。無理言っちゃ駄目だよ…」
やってるとこ、とかいうストレート過ぎるワードに辟易しつつも気持ちはありがたい。後半なんかむちゃくちゃ言ってるけども、あまり鋭く突っ込まずぼそぼそたしなめるだけにしておいた。
サンルームにちゃんとノマドはいた。
カウンターの中の棚に入り込んで丸まって眠っているのを見つけ、ほっと肩の荷が降りた。これで今日は能條夫妻の部屋に特攻する必要はなくなった。心の底からやれやれ、だ。
そっと抱き上げると一瞬、邪魔するなよぅ、みたいにうとうとしたまま抵抗しかけたがぴったりと胸に抱き寄せて頬を寄せると体温で安心したのか。ものすごく眠いときの人間みたいにむにゃむにゃ、となって再び目を細めて寝入ってしまった。実によく寝る子だ。
「ほんとに呑気なやつだなぁ。こんなとこに入り込んで。お前のご主人に心配かけんなよ、こら」
哉多が顔を寄せてちょんちょん突いてちょっかいを出してくる。起きちゃうから、と文句を言って奴から猫を遠ざけた。
「このまま朝まで寝るつもりかな。部屋に着いたらその途端にシャキーン!とか元気になって飛び回り始めたりして。変な時間に昼寝して夜眠れなくなるみたいな。てか、猫って夜行性じゃない?もともと」
わたしの部屋に戻るために歩き始める。哉多は手を伸ばしてノマドの背中の牛柄をなぞりながら、そんな軽口を叩いた。
「まあ大丈夫でしょ。この子、割に夜寝る子なんだよ。昼間は部屋の隅とかでのんびり丸まってても意外と眠ってないし。最近わたしの部屋で夜過ごすようになって、朝までずっと寝てるじゃん!人間みたい、って改めて思ったよ。いつも柘彦さんの部屋でも、きっと一晩中ひたすら眠ってただけだったんだろうな。って」
うっかりあの人の名前を口にしてしまった。ずん、と両肩が重くなる感じ。自分で自分にダメージを与えてどうする。せっかく今日はもうあの二人のことを考えなくてもよくなった、って安心してたのに。
これまでは漠然と、同じ部屋の中で過ごしててもあの人たちはほとんど会話もしてないんじゃないかなって勝手に思い込んでた。
昼間に外で見かけるときみたいに、それぞれ思い思いに活動して。時折呉羽さんの方が思い出したように自分のペースで言いたいことを喋る。それに柘彦さんは全く反応しないけど、彼女はあまり気にしない。言うだけ言って満足した感じでまた自分の世界に戻る。
そんな室内の雰囲気を想像してた。だけど今日の夕食の席での柘彦さんの言葉を思い出すと。
二人の間にはあれで、目に見えない繋がりが構築されつつあるんだろうか?庭園を散策する姿を見かけるとき。
二人は何とも言えない微妙な距離感で、それぞれの世界に入り込んで全く違うことを考えてるように思えた。それはただ、そうであって欲しいと考えてるわたしの希望からくるただの思い込みだったのかも。…しれない。
そんな憂鬱な気分で頭の中はぐるぐるとあの二人のことでいっぱいで。とぼとぼと自室に戻ってきたとき、そのまま哉多がそこまで一緒についてきているのもほとんど認識できていなかった。
「…眞珂」
かちり、とドアが閉まる音を背後で聞いたときも。眠るノマドをぼんやりと抱いたまま、僅かな違和感がどこから来てるのか今ひとつ把握できずぼうっと考えていた。
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