episode 3

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episode 3

「すみません、これ返品できますか?」 財布の中にあった唯一の手がかり、1枚のレシートを握りしめ、私は市内の中心部にある、雑貨屋に足を運んでいた。 ショップ『スクエア』。女子高生の御用達、可愛い雑貨や人気なコスメが置いてあって、学校帰りに友達とわちゃわちゃする定番のお店だ。 学校は遅刻だが、この空っぽの財布では、購買でパンを買うこともできない。仕方なく、私は大きなクマのヌイグルミを脇に抱えて、店員さんの前に立った。 「え? どうしたの?」 男性の店員さんがあれ? というような顔で言った。その言葉で、なんとなく交わした会話が予想されて、私は頭を下げた。 「ええっと……返品ってできますか?」 「うん? ……できるけど、あんなに気に入ってたのに。すごく可愛いからこのまま連れてっちゃいますね。なーんて言ってたのになあ」 あな恐ろし。この店員さんとそんなにこやかな会話を交わした記憶もなし、そしてこの小憎たらしい(にしか見えない)顔のクマのヌイグルミを気に入った覚えもなし。 「心変わりしちゃったの?」 「はあ、まあ」 (ううぅそう言われても、覚えてないんだってぇ) 情けなさで鼻の奥がツンと痛んで、涙が出そうになった。 こういうことは今回が初めてじゃない。私が知らない間に自分で買い物をしていて、けれどちゃんと代金は払っていて、財布の中身もレシートと引き換えにお金がなくなってて。これまでにもそういうことが何回もあって、その度に私は代金の方を見殺しにしてきた。なんとも懐に厳しい夢遊病か! どうしてこんなことになってしまったのか? 本当に夢遊病なのか、はたまた記憶喪失なのか。これはもう病気だと言うしかないよね。涙。 不審な目で見てくる店員の視線をかわすように、私はレシートをぐいっと出した。
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