episode 5

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episode 5

教室の前にて今、授業中。現代国語のぼそぼそと廊下まで聞こえてくる先生の声をぼーっとしながら、廊下にあるロッカーを背もたれに座り込んで、授業終了までの時間を潰している。 これはもうねえ。病気だよ、病気。夢遊病って本当に意識がなくなるんだなあ。ぐす。などと考えていると、廊下の先からずんずんと歩いてくる男の人の姿が目に入った。 うわ、やっべと思い、直ぐに立ち上がる。制服のスカートの汚れをパパッと払いながら、怒られるための心の準備をした。 担任の竹澤先生だ。 「こらっ瑠衣! 遅刻だぞっ! おまえ今日はどうしたんだ!」 廊下とはいえ、教室の真ん前だ。竹澤先生は少し抑えめなトーンで諌めてくる。 三十二歳。独身。イケメン。女子生徒からめっちゃモテている。バレンタインは修羅場。草食顔だけれど性格は決して草食ではない。授業やテストに一切の妥協なしで、容赦もないからだ。 それでも竹澤先生は優しい人である。親を亡くした天涯孤独な私を、特に気にして目を掛けてくれるから。何かにつけて思いやりのこもった優しい言葉をかけてくれるし、学習面だけでなく将来についても良きアドバイスをくださる。 私は竹澤先生のことが単純に好きだ。 そもそも父は私が幼いころに亡くなってはいたのだが、シンママで育ててくれていた母までも、数ヶ月前に事故で失ったばかり。辛くて自分も死にたくなったりしたけど、竹澤先生に支えられて、私はようやく生きる決意を固めたというわけ。 先生に救われている。先生に助けて貰った。先生には感謝の気持ちしかない。それからはよく相談に乗ってもらっている。 けれどそんな先生にでも、この病気のことは話せない。不安だけれど、気味が悪いと言って離れていってしまうかもしれない。 精神が不安定すぎるだろ鬱陶しいやつだなと、嫌われてしまうかもしれない。 そう考えるだけで、全身寒ボロが出て背筋にぶわっと悪寒が走るくらいに、嫌なのだ。そんなことは絶対に避けたい!
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