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太陽も唸る炎天下、校舎内は学園祭の準備で盛り上がっている。
そんな様子を見て、もはや準備のために学園祭があるのでは?とオサムは思った。
オサムはこの学校に通う、男子高校生だ。
いつものように準備をサボって学校を抜け出し、河川敷で物思いに耽っていた。
山間にある学校なので、近くの川は激しい流れを帯びていた。
荒々しい岩肌が流れの隙間から見え隠れしている。それを眺めるのがオサムは堪らなく好きだった。
するとしばらくして、
「またサボってる」
女友達のトミエがやって来た。
「だって学園祭とかダルいしな」
「学園祭に限らず、色んなこと、だるがるじゃん」
「しょうがないだろ実際面倒なんだし。お前もそう思ってるんだろ。だからここに来てるわけだし」
「まぁね」
オサムとトミエは、俗に言うサボり仲間だった。
「学園祭終わったら、受験勉強やらないとね」
「ダルいな。行きたい大学とかねぇし。勉強も全然してない」
オサムは嘘をついた。
行きたい大学もあるし、受験勉強も既に始めている。
それなのに、こんな嘘をつくのは受験のライバルを減らしたいからではない。
彼は何でもかんでも「ダルい」と言うのが、かっこいいと思っているからだ。
トミエはそんなことも知らずに
「そうだよね、受験勉強だるいよねー」
と返す。
トミエは「ダルい」と連呼するオサムのことが好きだ。
彼の持つ脱力感やアンニュイさに惹かれて、今日も話しかけている。
オサムも気兼ねなく話せるトミエのことを内心気に入っていた。
特に興味もない学園祭は終わり、あっという間に受験シーズンとなった。
学園祭とは異なり、静的な熱気が校舎中に充満していた。
受験勉強の影響もあって、二人の会話する機会は減少していた。
久しぶりに彼らが話したのは、お互いの受験が終わった2月下旬のことであった。受験シーズンから卒業シーズンへと移行していた。
進路報告をするために久しぶりに学校を訪れた、オサムはトミエと待ち合わせることにした。
「久しぶりだな」
「そうだね。ちゃんと話すのは何ヶ月振りだろうね」
「進路とか決まったのか?」
「うん。何とか第一志望には通ったよ」
「おお、良かった」
「心配してくれてたの?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
「ふふ。まぁいいや」
「それより、俺たちもう卒業だな」
「寂しいの?」
「まさか、こんなダルい所からおさらばするなんて清清するよ」
「だるい、ねぇ」
「でもまぁ、トミエと離れるのは嫌かもな」
「え?珍しいこと言うね。どうして、そう思うの?」
「どうして?って、まぁその何だ」
「離れ離れにならない方法、私知ってるよ」
「え?なに?」
「付き合えばいいんだよ私たち」
「きゅ、急だな。そんな感じでするものなのか、告白って?もっと情緒とかないの??」
「あれ?おかしかったかな?」
「いや、まぁおかしいって訳じゃないけど」
「それより返事は?どうするの?」
「あ、よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくてもいいのに」
「しょ、しょうがないだろ」
二人はここから交際が始まった。
大学に進んだ後、しばらくは幸せに交際を続けていた。
しかし転機が訪れた。
それは就活である。
オサムは度重なる面接や不合格通知によるストレスで心が塞ぎがちになった。
彼は会社から不合格通知が来る度に自己を否定された気持ちになっていた。
オサムはこの就活も、「ダルいダルい」と連呼しながら行っていた。
オサムは、その蓄積した鬱憤を、トミエに吐露した。
「もう就活辞めたいな。ダルいし」
「うーん。確かにだるいよね」
「そもそも社会に出ることさえダルい。別に出たくないし」
「だったらさ、出なかったらいいじゃん」
「出なかったらいいって、出ない訳にはいかないだろ」
「そうかな?」
「そうだろ」
「でもダルいんでしょ?だったら辞めればいいじゃん」
「え?いや、でも」
「ダルい時は避けてきたじゃん。その退廃的な態度が貴方の魅力なんだから」
「魅力?」
「そうだよ。そこに私は惹かれたんだから。全然やる気がない、あのアンニュイな様相。そこが素敵なんだから」
「そうなのかな?」
オサムは久しぶりに、他人から認められた。
彼は、頭上に光が差し込んだような気持ちになった。
「あなたの魅力はそこなんだから、今回もそれを活かせばいいの」
「活かす、って?」
「社会に出ることを避けるのよ!」
「でもどうやって..社会に出ないと生きていけないし」
「もう、何で分からないの?生きること自体を避けてよ!」
「え?」
「私はそれが良いと思う。生きることを避ける気概に惹かれるわ。共にそれを達成したい!」
「死ぬってこと?」
「うん。駄目なの?社会に出ることは避けないの?だるいと思うあなたじゃないの?」
「ダルいよ!社会になんて出たくない!自殺しよう!この世からおさらばするんだ!」
「そう、その気概よ!」
二人は家を出て、自殺場所へと向かった。
二人はオサムがよく学校を抜け出して訪れていた河川敷だ。
そこで入水を遂げることにしたのだ。
真っ暗闇の中、夜空と見分けがつかない川へと二人は歩いていく。
いよいよ入水する時になった
「遺書は?」
「車の中に置いたじゃない」
「そうだったね」
オサムは空を見上げる。そして入水の決心を固め、トミエの顔を見つめる。
「それじゃあそろそろ逝こうか」
二人は手を繋ぎ、川へと入った。
二人はすぐに、激しい水流に飲み込まれて、互いの姿も確認できなくなった。
オサムは、激流に揉まれ、薄れゆく意識の中で、死をはっきりと知覚した。
その刹那、死にたくないという思いが彼の奥底から湧き出て来た。
彼は、何とか生きようとして、近くの岩を掴もうとした。
しかし中々掴めない。
何度か挑戦する中で、爪が剥がれ、針で刺されたような痛みが指先を覆う。
生への執着に気づいたのかは分からないが、トミエがオサムに抱きついてきた。
そんなトミエを振り払おうとオサムは必死にもがいた。
しかし彼女が彼を離すことはなかった。
翌日、河口付近で男女二人組の死体が発見された。
警察は、女の死体を見て、その不気味さに慄いた。
笑みを浮かべながら死んでいたからだ。
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