ダドリー編

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「それで、これが婚姻契約の内容ですね」 「ええ」  甘ったれの弟を引きはがしたナタリアはレイン行政官へ顔を向ける。 「もう、これって・・・。うますぎるどうこうじゃないでしょ」 「あからさまに裏があると言っているようなものですね」  ウェズリー侯爵家からは結納金として、提示したのは以下である。  まずは金銭に関わる条項が二つ。  領地経営に関わる借金の一括返済(侯爵家が金貸しに直払い)。  ちなみに今回持ち込まれた大金は太っ腹なことに支度金という名目らしい。  そして、権力を使っての優遇措置。  ダドリー家三男ジュリアンの王立学院の特待生制度利用の口利き。  学院寮費免除と、生活における待遇改善。  さらに今年度分の領地税金納付の猶予を国にかけあい、すでに了承されたという証書。 「ここまでくると・・・。めちゃくちゃ格差感じるわね」 「そこか」  兄が苦笑する。 「いや、これが大公閣下にとってはした金ってことでしょ」  こちらは税金滞納で領地返還の危機に瀕しているというのに、ぽんっと一括払い。  しかも、成績は常に上位であるにもかかわらず放置されていたジュリアンへの待遇改善と財務省への口利き。  息子可愛さにしても、その権力の使いっぷりには驚くばかりだ。 「それに対して、ダドリー家に対する要求は、使者一行と明日には王都へ向かって出立し、邸宅に着き次第婚姻すべし、とはね」  挙式は到着一週間以内。  それのみである。 「持参金はなしで、衣類装飾は全てこれから侯爵家で誂えるから道中に必要な荷物のみ支度しろってね・・・。猫の子じゃあるまいし」  懐の広さをアピールしているように見えて、うさん臭さがここでもちらつく。 「まあ、この貧乏伯爵家から持ち出せるものなんてないのだから、そこは正論だと思う」  かろうじて義姉の持ちものには手を付けないでいるが、ダドリー家に伝わる宝飾品をはじめとするぜいたく品はほぼほぼ売りつくした。 「なんにせよ、この契約書から読み取れるのは・・・」 『何が何でも早く、ローレンス・ウェズリーとナタリア・ダドリーの婚姻を執り行うこと』  これに尽きる。 「とにかく、ウェズリー侯爵がなにかやらかして、目くらましがしたいだけなんだろうけれど・・・」  最初、ナタリアとトーマスは名ばかりの婚約者が欲しいのかと思った。  こんな底辺貴族が大公家の嫁になれるはずがない。  独身で条件の良い高位令嬢ならいくらでもいるだろう。  ほとぼりが冷めたら適当な理由をつけて婚約解消または破棄をして、しかるべき女性と正式に婚約するのではと、希望を持って推測したのだが甘かった。  彼らは本気だ。  ナタリアを正式に妻として据える気まんまんだ。 「こんなに釣り合いの取れない結婚を、あの、大公閣下が指示って、まずありえないでしょ・・・」  権威至上主義の塊と名高い老大公が。 「すぐ、っていうのも気になる点ね。お義父さまの懇願も全く聞き入れてくれなかったのだから」  ディアナは首を傾げ、眉をひそめた。  これから領内は大規模な収穫期に入る。  猫の手も借りたいくらい忙しい。  とにかく領民総出で一気に収穫せねばならないのはもちろん、成果物を狙った盗賊を警戒し、昼夜を問わず巡回警備に当たるのが恒例になっている。  農民のみならず、ダドリー家直属の騎士と辺境騎士団が協力し合い、ここ数年はなんとか被害を最小限に食い止めているありさまだ。  そんなさなかに王都で挙式。  往復に約一か月かかるとなればこちら側から誰も出席できないので、せめて冬のくる直前に伸ばしてもらえないかと親心を前面に出して頼んでみたものの、グレッグ卿の返事はにべもない。 『王都におられるジュリアンさまが出席なされば十分ではありませんか』  ダドリー家代表が15歳の学生。  立会人として、頼りないにもほどがある。  簡素な挙式になることは間違いない。 「ねえ、どう考えても私、殺されるのよね?」 「ナターシャ!!」 「ナタリア様!」  男たちは顔色を変え、騒然となる。 「落ち着いて。大丈夫、私は簡単に死なないから」  執務室近辺に騎士を置いて、使者たちに会話を探られないよう気をつけてはいるが、大声を上げて何か感づかれては困る。 「だから、一緒に考えて欲しいの。ウェズリーに殺されないように」  朝が来るまでに。  なんとしても見つけなければならない。  ナタリアと、ダドリー家が生き残る手立てを。
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