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「運転疲れたら言ってね。いつでも代わるから」
助手席に乗り込み、隣でエンジンをかける加賀に声を掛ける。加賀は此方を一瞥してらから「うん」とだけ返すと、そのまま車を発進させた。
車内は予想通り静かだ。それが余計に緊張を煽る。
そんな私を余所に、加賀は肘掛けに肘をついて相変わらず気怠い空気を纏ってる。それでも絵になるから思わず見入ってしまったけれど、慌てて視線を逸らした。
「今日も寒いね」
何か喋っていないと落ち着かなくて、窓の外を眺めながら当たり障りのない話題を投げかける。どんよりとした空を見上げながら「雪降るのかな」と独り言のように呟けば、隣から「どうだろうな」と心地よい低音が返ってきた。
空は厚い雲に覆われていて、今にも雪が降り出しそう。そういえば今朝のニュースで寒波が来ると言っていたっけ。道理で寒いわけだ。
「安達、これから行く松永さんのことだけど」
車がインターチェンジを通過したと同時、加賀が静かに口を開いた。きちんと仕事モードを保っている加賀を見て、私も姿勢を正し耳を傾ける。
「本当は安達に引き継ぎたくなかった」
思いもよらぬ言葉に、思わず「え」と声が漏れた。目を丸くする私をちらっと確認した加賀は「松永さんには会ったことはあるよな」と問いかけてくる。
「うん、あるけど…」
そう返したながら思い出すのは、1年半ほど前のこと。
松永さんは40代後半男性の飲食業と不動産業をしている個人事業主で、その頃にうちのクライアントになったのだけれど、会計ソフトの使い方が分からないからとパソコンを持って事務所に来たことがある。
その時に入力方法を教えてあげたのが私だ。松永さんは確か独身で、オシャレだし愛想のいい男性というイメージだったけど…。
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