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「あの人、多分男の俺が担当してんのが嫌だったみたいで」 「え、そうなの?」 「連絡しても普通に無視するし、資料もなかなか送ってこない。担当変えてほしいって言われた事もある」 「そ、それはなかなか手強いね」 「先生が、多分松永さんは女性社員が担当じゃないとダメなんだろって。ならせめて他のおばちゃん社員に回してほしいって頼んだけど、遠方だし、フットワークの軽い若者の方がいいって話になって」 「それで、私?」 「そういうこと」 何となく加賀が言いたいことは分かった。恐らく松永さんは女好きで、私が誑かされないか心配しているんだ。 私から見た松永さんは、物腰が柔らかくて気さくな人というイメージ。決して悪い人に見えなかったのは、私が女だったからなのかも。 でも、女好きのクライアントなんて山ほどいる。それに遠方だからしょっちゅう会うわけじゃないし、加賀が心配することは何もない気がする。 寧ろこういうクライアントは、女性社員が担当を持った方が上手くいくケースもある。支払いもスムーズだったり、揉めにくかったり。 でも、こうして気にかけてくれる加賀は、やっぱり優しいと思う。 「とりあえず今日は挨拶だけだし、なるべく俺が話するから、安達は俺の隣にいて」 「…うん、分かった」 俺の隣にいて。って、なんかパワーワードだな。加賀の口から放たれると、余計に。 って、何言ってんだろ。加賀は真面目に話しているのだから、集中しないと。 「その後もう1件俺のクライアントのとこ行くけど、すぐ終わるから車か近くの店で待っててほしい」 「了解」 ざっくりと説明し終えた加賀は、再び静かに運転を続ける。車内に音楽は流れていないから、私の耳に入ってくるのはロードノイズだけ。 二人きりになのに、どうやら加賀は仕事モードを崩さないらしい。身構えていただけに拍子抜けしてしまう。 いやでもそれが普通なのだ。就業時間なわけだし。 それなのに、私は何を期待していたのだろう。何だか恥ずかしくなって、気を紛らわすように再び外に視線を向けた。 その後も加賀は、目的地に到着するまであまり口を開かなかった。
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