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「糸、体調どうだ」
堂道は糸の傍らに屈み、メイクを邪魔しない程度に額に触れた。
秋晴れの、さわやかな良き日。
ウエディングドレス姿の糸は、控え室となっている部屋のソファで横になっているばかりか、その顔色は真っ青だ。
「大丈夫です……部長」
「あら、糸、なんなの、アンタは。こんな日にまで部長って……」
ついに、とうとう、ようやくこぎつけた結婚式。
その三日前になって、糸の妊娠が発覚した。
ここのところずっと体調が思わしくなかったのだが、思い当たるフシがなかったので妊娠の可能性は考えていなかった。
結婚する旨を会社に報告してから、トントン拍子に話が進み、進みすぎて、指輪をもらった日から数えればわずか四ヶ月後に挙式というスピード記録となった。
あらゆる準備に余裕がなく、体調不良はそのせいかと思っていたのだ。
しかし、あまりにつわりに似た症状だったので、もしやと検査薬を試してみれば反応はまさかの陽性だった。
「春子さん、糸は男の子ですかね、女の子でしょうかねぇ?」
「お義母さま、うちの病院もそれは最新の機器を入れてはおりますが、さすがにまだそれはちょっと……」
堂道の姉の春子は、カイ子の質問に困ったようにあごに手を添えた。
こちらも留袖姿だが、ゴージャスな夜会巻きにセットされたヘアスタイルが夜の蝶と紙一重だ。
結局は、春子の嫁ぎ先である義兄の病院に初診からお世話になってしまった。時間外に駆け込めるのはそこしかなく、一人目の「おめでとうございます」は義兄からのものだった。
「糸ちゃん、チョコミント味のアイス、探してきたよ!」
その義兄が、額に汗を浮かばせて控え室に入ってくる。
突然に始まったつわりで、糸の唯一の「OK食品」が「チョコミント味の何か」で、つわりの傾向としては珍しい種類らしい。
糸は寝ても覚めてもチョコミント味の何かを欲していて、堂道をはじめとする親族は、ここ数日、近所のスーパーから見かけたコンビニ、ネットショッピングにも頼って、チョコミント味を探し求めている。
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