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そんな表現を口にすると冴子は顔を赤くした。居酒屋で飲みながら話しているわけではなく、大勢が歩いているところでのことだから。
「冴子、今まで知らずに済まなかった」
「ううん、いいの、龍之介君がそうやって龍一を認めてくれたのが嬉しいわ」
「もし佐伯家に居るのが辛いなら、俺が生活の全てをみる。どうだ冴子」
第二夫人というわけではない、愛人にほど近いだろう。だが逃げも隠しもしない。
「ありがとう、でも今のままでいいわ。でも一つだけお願いがあるの」
「何でも言って欲しい」
「人知れずどこかで一人死ぬようなことはやめて。しわしわのおじいちゃんになって、皆に見守られて死ぬまでずっとよ」
「む……ああ、約束する。自慢じゃないが俺は今まで死んだことがないんだ」
笑ってそんな冗談を言う。人はこうやって見えない枷に捕らわれ続けていく。冴子がレティシアに視線を送る。
「あたしゃ構わないよ、別に何人女が居たって構わないって言ったろ」
表情を緩めて微笑する、何のことだと思っていたら島の視界が冴子の顔で一杯になる。両腕を首に回して口付けを交わす。歩いている人たちの一部の足が止まった。数秒そうしていると、彼女の方から離れる。
「また日本に戻って来てね」
「ああ約束するよ」
空港のアナウンスが流れて来るので、冴子と龍一を残してゲートの先へと行く。機に乗り込むとロサ=マリアはさっさと寝てしまった。レテイシアの方を見る。
「なんだい?」
「それだけ?」
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