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「今日はヘルパーさんが来てくれる日だよ。偉いよな,あの人。だって,もう五十を過ぎてるのにこんな大変な仕事をしてるなんて。お父さんだったらすぐ腰を悪くしてるよ」
大きな柵のついたベッドの中央で柔らかい羽毛布団に包み込まれ,枕の代わりに何重にも重ねられたタオルに頭を載せて口にホースが取り付けられた娘の姿を見て寂しそうに笑った。
「もう,三十年か……あっという間だったな。あいつもいなくなって,結局,この部屋が俺とお前のすべてになってしまったな……」
ベッドの横にはモニタが置かれ,いくつものコードが常にかな子の血圧や脈拍,心拍数を表示していた。十年ほど前からは自らの力で呼吸をすることができなくなり,こうやって機械の力を借りて生き続けていた。目の前に映し出されるモニタの数値が,かな子が生きている証でもあった。
「せめて……お前の笑顔をもう一度見ることができたらなぁ……」
壁に貼られた大きなクジラの絵とそこに書かれた「いしだかなこ」という文字を見て,元気だった頃の娘の姿を思い出した。
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