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魔法少女になってしまったプロローグ
魔法少女。それは物語の中で魔法とか不思議な力を使って騒動を起こしたり事件を解決したり、子供から大人まで根強い人気を持つジャンル。
だいたいの魔法少女は魔法のアイテム(コンパクトだったり杖)を使って変身したり魔法を使ったりする。変身シーンで刺激的な映像が流れるものもあるが、まあそれは各自の自己責任で作品を見てくれ。
ともかく、魔法少女というのは要するに魔法を使う少女を描いたものだ。剣と魔法みたいなもので、魔法と少女がセットとなって魔法少女となる。なのに、どうしてか今は35歳サラリーマンの俺が魔法少女として、少女となって戦っている。
なにを言っているのか分からないと思うが、安心してくれ、俺もなにを言ってるのか分からない。
ただ、一つだけ言える確かなことは、ブラック企業戦士と魔法少女というトリプルフェイスならぬダブルフェイス、二足のわらじを履くという地獄ような生活が始まってしまったということだ。
* * *
「ただいまー」
誰も返事をする人がいない空間に向かって独り言のように呟く。六畳一間の狭いアパートの一室が、唯一俺のプライベート空間だ。安月給で毎日働く俺にとっては、このくらいがちょうどいい。
毎日上司のご機嫌を窺いながら、毎日ひたすらパソコンとにらめっこの事務仕事。営業やってる同期から言わせれば天国の空間だというが、そんなの空調だけだ。嫌な上司に仕事の遅い先輩諸氏。辟易してくる。なのに効率良くしようとすると怒られる。理不尽だろ?
未だに残業が美徳で「俺の若い頃は〜」と定番の文句が始まる前に黙って残業。おかげで帰りは毎日深夜0時を過ぎる。そして朝5時には起きて出社だ。死ぬぞ過労で。
「ん?」
布団敷いてビール飲んで寝ようとすると、六畳の真ん中に明らかにこの空間の中で浮きまくって不釣り合いな物体があった。
日曜の朝にやってるアニメのグッズにありそうな、ラメで光りまくったピンクの魔法のステッキのようなアレ。
断っておくが、俺にはそういったオモチャを買う趣味はない。
生まれてくる性別を間違えたんじゃないかってくらい趣味嗜好が女子寄りで可愛い服に目を留めることはあっても、そんな超乙女チックな子ども用オモチャに目を輝かせはしない。
「……」
玄関の鍵はちゃんとかかっていた。窓も開いてないしガラスも割れてない。一応壁も無事だ。なのにこの魔法のステッキらしきオモチャはどこから入ってきた?
「まさか酔って俺が?」
いや、それはないな。酔っ払って帰ったことはあっても、こんなオモチャを買った覚えはないし貰った記憶もない。酔っても記憶は覚えてるほうだから間違いない。
「……」
座ってオモチャを突いてみる。なにかのドッキリとか罠……というわけではなさそうだ。そもそも俺にドッキリ仕掛けるような友人や同僚なんかいない。もちろん先輩や後輩にもそんな悪戯心が溢れる人はいない。
「じゃあ、いったいなんだっていうんだ?」
手にとってみると、オモチャのくせに意外と重かった。手にずしりとくる。柄の部分から上にいくに従って細くなり、頂点で少し太くなっている。頂点には星が置かれ、真ん中あたりには透明なハートがくっついていて、同じくらいの位置には可愛らしい翼が生えていた。
「ん? なんだこれ、ボタン?」
ちょうど手に持つあたりにあるボタンを押してみる。たぶん音が鳴ったりするんだろう。
《ティルルルルル! 君も魔法少女になれるよ! さあ、魔法の杖を振ってみよう!》
「ああ、やっぱりこういうのだよな」
なんかいっそ楽しくなってきた。立ち上がって魔法少女のマネごとをしてみる。ただし壁が薄いし深夜なので小声で。
「プリズムアターック」
昔、友人に見せられたことのある魔法少女のアニメのマネをする。と、いきなり杖がガシャンッ! と変形し、虹色の光が俺を包み込む。
「なっ! なんだいったい!?」
深夜で壁が薄いのも忘れてつい大きな声を出してしまう。しかしそんなことはお構いなしに魔法の杖は光り輝き、部屋が真っ白になる。
「眩し……っ!!」
光が収まると、魔法の杖とやらは何事もなかったように元の形に戻っていた。
「……」
いったいなんだったんだ? 最近のオモチャはこんな派手な演出なのか?
「うるせぇぞ!」
あまりに派手にやり過ぎたせいか、お隣から壁ドンされる。
「すみませんっ!!」
……なんだ? 今の声。
「……ちっ、ガキがいるのかよ」
「……え?」
お隣さんなんて言った? ガキ?
「あー、あー、あー、テストテスト」
小声でマイクテストよろしく声を出す。それは俺の声ではなく、可愛らしい女の子の声だった。
「ああ、そうか。こいつボイチェンまで搭載してんのか」
最近のオモチャは本当に凝ってるなぁ……。こんな機能盛々にしたらさぞお高いだろうに。1万円くらいしそうだ。
「ふぅ、遊んだし寝るか」
歩こうとして、躓いて派手に転ぶ。
「へぶっ!」
まるで漫画のように綺麗にべシャッと前のめりに倒れる。
「痛たた……」
こんな何もない所で転ぶなんて、俺もいよいよ過労死近いのか?
立ち上がって歩こうとして、足元に違和感を感じる。ズボンをズルズル引きずっている。
「やべ、まさか今遊んだのでズリ落ちちゃったかな」
足元を見ると、なにやら畳が近い。そしてズボンは完全に下に落ちていた。
「へ?」
よく周りを見ると、視線が一段か二段くらい低い。いつも座って見るテレビが立っててちょうどいいか、少し低いくらい。天井がやけに高い。
「いったい……どうなってるんだ?」
部屋にあるひげ剃り用の小さな鏡を持って自分を見ると、そこには見たことない可愛らしい女の子がいた。
「……は?」
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