クローバーとタンポポの結婚式

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 けれど、欲にまみれた父親ですから名案など早々浮かぶものではありません。あらゆる医者に診せ、メリアの体調が安定すると方々に手紙を書き家の前にも看板を立てました。  『我が娘、メリアの笑顔を取り戻した者と結婚を認める』  メリアの美しさは評判でしたので結婚を望む者は多かったのです。チャンスと言わんばかりにたくさんの男性がメリアの家を訪れました。貴族も商人も我こそと思うものはみんなやってきたのです。それでも、誰もメリアの笑顔を取り戻す者はいませんでした。人が訪れなくなり冬が来ました。冬が終わり春が来て、花の香りが漂う季節になった頃、ひとりの青年が門を潜りました。そう、レズリーです。腕には大きな包みを抱えています。  「お前は……」  父親は追い払おうとしましたが、途中でうなだれました。今まで誰もえらい貴族も金持ちの商人もメリアの笑顔を取り戻せなかったのです。今となっては身分を気にしている場合じゃないと思ったのでした。  「さっさと行け」  レズリーは頭を下げて教えられたメリアの部屋に向かいます。3階建ての建物なんて初めてです。ノックをしましたが返事がありません。少し迷ってレズリーは部屋に入りました。窓から見える景色は村の向こうまでも見渡せます。メリアは外を眺めていました。痩せて赤味を失った顔にレズリーは心を痛めます。抱えてきた包みをゆっくりと解くと花の香りが漂いました。  「クローバーの香り……」  メリアが呟いて振り向きました。立っている青年に驚き、目を丸くします。ずいぶんと背が高くなっているけれど忘れるはずがない相手だと気付いたのです。  「メリア」  「レズリー……本物?」  「うん」  レズリーはゆっくりと近付きメリアの頭にパサリと何かを落としました。そう、クローバーの花冠です。ふわりと懐かしい香りに包まれて知らず知らず笑みが浮かびます。レズリーも微笑んで、大きな包みの中身を取り出して差し出しましたクローバーで編まれたドレスとマントでした。  「もっと早く来たかったんだけど、クローバーが咲くのを待っていたんだ。だってメリアはクローバーのドレスがいいって言っていたでしょう?」  「レズリー!」  メリアはレズリーに飛びついて泣いて、泣いて、笑いました。何年も抑え込んでいた心を溢れさせるようにたくさん涙を流して、笑ったのです。  「レズリー、野原に行きましょう!」  ドレスを身にまとったメリアはレズリーの腕を引きました。目を白黒させているレズリーにメリアは手早く編んだタンポポと花冠を載せます。ブレスレットに、胸飾り。何年も作っていなかったけれどちゃんと覚えていました。  「花婿に飾りがないなんて嫌よ、レズリー。ほら、レズリーはたんぽぽが似合うの。明るくて優しくて元気をくれる。私の大好きなもうひとつの花」  メリアはとても幸せそうな笑顔でレズリーの腕に自分の腕を絡めました。2人はゆっくりと村の中を歩きます。  「メリアちゃん? メリアちゃんだ!」  「レズリーがやったぞ!」  「結婚式だ!」  村中大騒ぎになりました。皆が集まって祝いの声をあげました。2人は少し照れながらも手を振って応えました。やがてメリアの大きな家の前に来ました。門の前でメリアの父親がぼうぜんと立っています。メリアはレズリーと並んで向き合いました。  「父さん、金色の冠を被るレズリーよ。立派で、誰よりも格好良いわ」  「メリア……」  「私、お金持ちになっても幸せじゃなかった。寂しくて、つまらなかった。服を着る人の笑顔を考えなくなった父さんの仕事が嫌だった……! だから、だから、私は家を出ます。レズリーのお嫁さんになります。村に、帰りたいの。それが、私の幸せなの」  父親ががっくりと膝を付きました。ボロボロに泣いて、しばらく動かずにいました。長い時間をかけて立ち上がった姿は一回りも二回りも小さくなったように見えます。それでもその顔には懐かしい笑みが戻っていました。  「メリア……お前の笑顔がこの世で一番美しいことを忘れていたよ。すまない、すまなかった。結婚、おめでとう」  わぁっと歓声があがりました。メリアも泣きながら笑いました。レズリーと結婚出来て、父親にも認められて、こんなうれしい日はありません。祝宴は数日間いつまでもいつまでも続いていました。
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