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恐ろしく緻密な群衆の絵。
近くで見たらただの色の集まりだけど、遠くで見たら鮮やかなまでの風景画。
数百年前の王侯貴族が実際に用いたという食器。
前衛的な彫刻。
教科書で見たことのある宗教画。
当時の原産国には現存しない陶器。
失われて久しい技法で作られた織物――
そこには、時間も国も個人の感情も飛び越えて、様々な人の視点と感性とが手を変え品を変え、唯一無二の形になって一堂に会していた。
私は、約二年の空白を埋める勢いで作品を見て回った。
芸術に関して私は素人だ。でも、芸術品を、特に絵を見るのは、時間を忘れるくらいに楽しい。
ただし今日は、数々の美術品に囲まれながらも時折無意識に同行者――あの長身の居場所を確認する自分がいる。
誰かと一緒に展覧会に来たのが本当に久しぶりだから? それとも、再会したばかりの幼馴染が、芸術品の中にあっても目を引く存在感を放っているから? 現に、周囲の観覧者もチラチラとイチに視線を投げかけている――当の本人が気にしている様子は微塵も無いけれど。
ふと、遠目に眺めていた茶金色の頭が揺れた。その下の切れ長の目と視線がかち合う。
私が見ていると予想していなかったのか。イチの瞳が驚いたように見開かれ、すぐに柔和な微笑みに細められる。
あの痛みとは違う何かが、胸の奥で身じろぎした。
――あれ?
それは、ほんの一瞬の出来事。私は即座に、視線を眼前の装飾性の高いオルゴールに引き戻した――ああ、まさに溜息の出る美しさ。
ややあって、左側の空気の密度と温度が変わった。チラリと横目で見れば、案の定、イチがすぐ隣に立っている。
どうしたのかと、イチの方を向こうとした耳元に、不意に心地良い低音の囁きが流し込まれた。
「向こうに、ゼロが好きそうな絵があった。行くか?」
美術館では静粛に、を遵守しての事とはいえ、突然の囁きに心臓が跳ねた。
予想外の近さにあるオレンジブラウンの髪に目を奪われつつ、私は何とか頷く。
「……う、うん」
何だろう、久し振りすぎる幼馴染との距離感が、ちょっと掴みにくい。
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