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イチに誘われて入った小部屋には、人物画が一枚だけ飾られていた。
誰もいない部屋の中央には、座り心地の良さそうなソファが設えてあった。そこに二人で並んで座って、絵を眺める。
高さ二メートル半くらいの、縦長の絵だった。深い緑に囲まれた小径に、一人の女性の立姿が描かれている。
身体の左側をこちらに向けるようにして、背筋も真っ直ぐに佇む一人の貴婦人。左手を腰に当て、少々胸を反らすようにしているその様は、堂々としていて美しい。高い位置で絞られた、薄ピンクのドレスの裾は真っ直ぐに地面まで伸びて、彼女のすらりとした立姿の美しさを強調している。
周囲の色彩や影との対比で、むき出しの腕や首筋の肌の白さが眩しい。全体的に凛とした雰囲気の女性の一部なのに、どこか扇情的にすら感じる。
結い上げられた艶やかな黒髪の下には、小さな顔。ふわりと閉じた赤い唇を載せる細い顎をやや上向かせ、その視線はこちら――描いている画家、あるいは絵の鑑賞者の方ではなく、そのやや左斜め上を注視している。
見つめる瞳は、深い海の色にも高い空の色にも見える濃青色。背景に描かれた木々の間からのぞく、薄曇りの空よりもなお青い。白いハイライトの入った、決してこちらを映すことのないサファイアのような涼やかな碧眼。
背景の緑に対して彼女が明るい色を身に纏っている上に、絵の描き方として、やや平面的で曖昧な風景の中で、彼女の顔や上半身などが細かく丁寧かつ立体的に描かれているためか、視線と意識は自ずと中央に、女性に集中する。息づかいまで聞こえてきそうな瑞々しいその姿は、まるで霞んだ風景の中で光り輝いているよう。
「――あぁ。なんて……綺麗」
ほぅっ、と溜息と共にうわ言のように呟いた。
視線と言わず、意識が、全神経が絵に釘付けになる。
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