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美術館を出ると、太陽は西の空に沈み掛けていた。
「はぁ、楽しかったー」
やっぱり、美術館に行った後の充足感は堪らなく好き。我ながら、よく二年間もこれから遠ざかっていられたなと思う。
二年間。
その数字の意味に気付き、それを事実として冷静に受け止めている自分に驚く。
あの全身を苛む胸の痛みは、もう湧いてこない。今、胸を占めるのは、あの貴婦人の絵への感動と憧憬――。
「そりゃ良かった。誘った甲斐があったな」
そこへ、一足遅れて出てきたイチが来て、隣に並んだ。
さっきの独り言、聞かれていたのね。
そのまま、特に示し合わせたわけでもなく、自然と二人で並んで敷地正門に向かって歩き出す。あたりは主に特別展の建屋を出入りする大勢の人で混雑していた。
「今日はありがとう。でも、ごめんね」
「何が?」
予想外の返答に振り仰いでみれば、イチは心底不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「いや……長々待たせたなぁと」
「ああ、最後の絵の前での没頭か。分かってて誘ったんだから気にするな。寧ろ、お前が変わってなくて俺は嬉しいよ」
カラリとしたイチの言葉にホッとする。と同時に、その秀麗な顔に浮かぶ微笑に、思わず見惚れた。
見慣れないオレンジブラウンの短髪。
その下の、私が良く知る幼馴染の黒瞳。
絵の前で見た、私を射抜くような、あの真摯な眼差しが脳裏をよぎる。
不意に、イチの手が伸ばされた。そして、嫌らしさを全く感じないさりげなさで、私の腰を軽く引き寄せる。
「イチ!?」
驚く私の横ギリギリを、団体がはしゃぎながら通り過ぎていく。イチは、ぶつからないようにエスコートしてくれたらしい。
「あ、ありがとう」
「おぅ。あの特別展、人集めてんな。ここまで混むとは予想外」
美術館の本館や特別展は、まだ閉館していない。それでも、正門付近はなかなかの混雑振りだ。
文字通り周囲から頭一つ抜け出たイチが、素早い確認で人混みを避けつつ歩きやすいルートに誘導してくれる。腰に添えられた手は、そのままで。
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