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「そういうお前のところは?」
「うちもバラバラ。私の大学進学と同時期にお父さんのイギリス赴任が決まって、お母さんは同行。兄さんは、今どこにいるんだろうねぇ」
「類は友を呼ぶというか、みんな自由だな」
「イチだって。帰国がごく最近って、大学は?」
「うん、まあそこは話すと長いし、今度にしようぜ。もう着いたし」
確かに、あっという間に交流展の開催されている建屋前に着いていた。
建物入口の重厚な扉を先に開けたのはイチだった。そのまま、先に入るように身振りで促してくる。
「あ、ありがとう?」
流れるようなエスコートに戸惑い、思わず語尾が上がる。
「どういたしまして?」
小声で返されたイチの語尾も上がっていたのは、ワザとに違いない。
静かな館内に、人は本当にまばらだった。ロビー右側の、受付と書かれた紙が垂れ下がる事務机には、記帳ノートと目録、そして寄付金を入れるボックスがあるだけで、係の人もいない。
お金をいくらか入れて、記帳し、手に取った目録を確認する。
会場は、この先の一階中央の大部屋と、そこに繋がるいくつかの小部屋で、特に順路は定められていない。かなり自由な空間だ。
そこへ、荷物を貸ロッカーに入れて手ぶらになったイチがやって来た。
「好きに見て回ろうぜ。何かあったら声かけるから」
かつて私が鑑賞に没頭したら、一緒に来た相手を忘れがちになっていたことを、イチは忘れていなかったらしい。でも、約十年ぶりの再会なのに……。
目が口ほどに物を言ったのかは不明だけれど、イチは無言の私の肩を軽く叩き、
「気にすんな、俺も見たい作品あるんだ」
その手をひらひら振って歩き出した。
そうか、自由にして良いんだ。
それだけで、なんだか心だけでなく体も浮き立つような気になってくる。
目立つ長身の後ろ姿に感謝して、私はイチとは別方向につま先を向けた。作品に近づくにつれて、自ずと気分が高揚する。
そこからは、久し振りの美術鑑賞に文字通り没頭した。
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