或る編集長の嘆き

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 今晩は自分とは対照的に女にモテモテ男の小田島修という作家と飲むことになっていた榊原は、殊に機嫌を損ねていて毒づいたのである。何しろ小田島は旧家の出ですらりとした長身で色気が滴るようなハンサムで、それでいて陰のあるニヒルなところがあって作家と来ているのだから女は母性本能をくすぐられ惹きつけられるのである。が、女絡みの様々な不行跡を犯して旧家とは目下絶縁状態である上、純文学の書き手で俗受けせず斯様な者は得てして報われない所以から暮らし向きは酒に溺れ金遣いが荒くなり懐が寂しい。従って榊原は奢らされることにもなるのだが、自身は小田島の作品の良さが分からないものの実力派と文学に明るい人物の間で称賛されているので芥川賞を取れる作品を書けるよう腐り気味の小田島に発破をかける積もりで夜の色町を訪れ、ガールズバーで飲む段になると女の子が案の定、小田島にばかり注目してサービスしたがるものだから全く面白くなくなるのである。酷い時には女の子たちが榊原のことを等閑にして灰皿に煙草が三本以上溜まっても灰皿を変えてくれないわ、コースターにドリンクを置くことすら忘れるわで逆に榊原の方が腐ってしまう仕儀となった。で、おい、ねいちゃん、俺は大出版社の編集長だぞ!無視する奴があるか!と文句を言ってみたり、おい、ねえちゃん、手相見てやろうかと口から出まかせを言って無理矢理、女の子の手を取って触るという行動に出たりして女の子たちの顰蹙を買い益々嫌われるのであった。  帰りがけも小田島が痛飲したばかりに多額の代金を支払わされた上に泥酔してふらふらになった小田島を女の子たちが店先まで送ろうとするのを先生は俺が送るから余計なことせんでええとがなって女の子たちを突き放す役回りになってしまった榊原は、小田島の家まで小田島を送り届けたは良いが、出迎えた奥さんを見て改めてその綺麗さに小田島が羨ましくなり、我が妻を思うと家に帰りたくなくなるのであった。で、仕事が忙しいし、嗚呼、俺には休まる場所がないと一通りでなく嘆くのであった。  同年輩で同じ男でも生まれた星の下が違うだけでこうも扱いが違って来るものなのか。生まれ持っての運命には不可抗力に逆らう如く逆らえないものだが、叩き上げでここまでになったのも運命でこうなっただけのことで見てくれは土台が良くなければ幾ら努力してもどうしようもない。そんな愚痴を梯子した屋台でリピートを勝ち取ろうと腰を低くする親爺に言ったら、だけど旦那は編集長にまでおなりになったんだからやっぱり大したもんだ!偉いもんですと持ち上げられたことで慰められ、やっと人心地がついて身も心も休まるのてあった。そんな彼もまた皮相浅薄で軽佻浮薄な人間に違いなかったが、話しが息子のことに及ぶと、「妻に似てまどろっこしくて成績が悪くていかん。嗚呼、やになる」と不機嫌がぶり返した。これも冴えない一因であった。  
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