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「いい歌ですね。素晴らしいハーモニーだ。歌詞もすごくいい」
小山内さんは褒めてくれた。
ありがとうございます、と、私たち姉妹は頭を下げる。
恥ずかしい。頬が熱くなってしまう。あんな適当な労働歌なんかに。
「あのー、噂になってます。おふたりの歌のことは。それで、ちょっとお願いがあって」
イケメン小山内のお願いを無碍に断れる私たちではない。なんでしょうか、と、かしこまった。
「うちのホテル、結婚式場もやっているでしょう? 新しいサービスを提供できないかと考えているんですよ。で、ホテルから新婚さんへのプレゼントとして、おふたりに歌をお願いできないかと思って」
私はとても驚いた。なんというか、私たちの歌はそんな晴れがましい席でご披露するようなものじゃないのだ。
「私たちの歌なんて、ただの素人の遊び歌ですよ。とんでもないことです」
和江お姉さんは言った。ところが小山内さんは相当に思い入れがあるようで、なかなか譲らなかった。
「おふたりの歌は本当に素晴らしいです。プロ並みです。ザ・ピーナッツも顔負けです」
ザ・ピーナッツ? 小山内さんは30代の半ばくらいであろうに、なんでザ・ピーナッツなんて知っているんだろう、知っててもここで引き合いには出さないよね、と私はとても可笑しくなってしまって、真面目な顔をするのに必死だった。
「もちろん清掃の持ち場は減らします。ほかの従業員を入れます。作詞作曲の準備や歌の練習もあるだろうから」
さくしさっきょくのじゅんび? 私はこらえきれなくなって笑いだしそうになったが、和江お姉さんに脇腹を小突かれる。
「ワンステージいくらでボーナスも出します!」
イケメンの小山内さんにここまで言われて、断れる私たちではない。結局引き受けてしまい、数週間後にはピンクのロングドレスを着て、舞台に立っていた。
「雪乃さん、おめでとう
孝之さん、おめでとう
とってもとっても素敵なふたり
なんてお似合いなのかしら
いついつまでも、いつまでも
仲睦まじく、しあわせに
楽しい家庭を築かれますよう
うんとお祈りいたします」
ステージが終わったあと、裏で衣装から制服に着替えながら、和江お姉さんはめずらしく不機嫌だった。
「なんで私たちがあんなに若いカップルをお祝いしなくちゃいけないのかしら。こっちは結婚のけの字すら、いまだに浮かばないっていうのにさ」
「お姉さん、それは言いっこなしよ。こっちは仕事でやってるんだから」
私は和江お姉さんを慰めた。
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